
Interview
鹿児島の里山で
未来の社会のあり方を探求する
オフグリッドな暮らし
まず、テンダーさんの暮らしぶりを簡単に教えていただけますでしょうか。
「鹿児島の中央駅というターミナル駅まで車で3,40分の里山に、年間、家賃1万円で住んでいます。」
↑テンダーさんのご自宅『てー庵』。
「山水の水源があるため水道代がかかりません。」
↑山水の貯水槽をチェックするテンダーさん。
「電気は自分で作ったソーラーシステムで賄っていて、契約はしてません。」
↑『てー庵』の屋根に設置されているソーラーパネル。
「ガス代は、時々ボンベを買いますが調理も暖も基本的には薪を焚くのでほぼかかりません。
そんな暮らしをしています。」
「目指しているというか、志向しているのは、“独立”ですよね。
ありとあらゆるレベルでの自己完結性を求めています。
生産から廃棄までのプロセスを見ながら自分で理解して、何を使うのか使わないのかということに取り組んでいけたらと思ってます。」
なぜそのような暮らしを志向しようと思ったんですか?
「私は自然の摂理に適ったことで暮らしを完結させていきたい。
例えば、水道水1つをとっても、契約して上水道から流れてくる水道水には塩素が入っています。
それが下水に流れていけば、塩素が何かの菌を殺すわけですよね。
使い流しの水道水は、何の衛生さも清潔さも必要ないのに、ただ単に微生物を殺して流されていく。
それが無殺菌の山水をきちんとろ過したものであれば、そんなことはないわけですよね。
下水に流れても生き物は殺さないし、むしろ下水の汚れを中和して生き物が住みやすい環境を作るわけです。
そういう風に生きていくことができるというモデルが1件でもないと、日本では、そういう暮らしができないって論調になってしまいますから。
決して、みんながみんなこうなって欲しいと思っているわけではなくて、諸事情で電気を使わないと生きられない方もいますし。
1件でも、“だってテンダーさんがいるじゃない”という事例になればいいと思っています。そこから生まれてくるものもあると思うんです。」
テンダーさんの日々の暮らしが未来の暮らし方の実践であると?
「この家自体、この生活自体が取り組みですよね。
例えば、東京や大阪、名古屋など都市部の平均時給は確か997円位で、平均的な家賃がワンルームで6万5千円です。
1日最大8時間働けるとして、日数で年間家賃を割ると年間99日働かないと家が維持できません。
片や、うちは年間家賃1万円だから2,3日働けば鹿児島の時給でも家が維持できます。
東京の講演でその話をしたら、みんなが“はっ!”って顔をするわけです。
でもそれは、定理が提供されただけなんですよね。
みんな、頭でわかっただけで、実感できてはないんだと思います。
都会だとやらなければいけないことが多すぎて、忙殺されてるんですよね。」
都会の生活を離れた実体験が必要というこでしょうか?
「実際にこうして年間家賃1万円で生きてきて、その意味が腑に落ちたから年間99日働かないと居場所が確保できない都市部の状況はありえないって感覚になるわけです。
だから本当に自分にとって必要なものを考えたり、感受性に鋭敏でいられる時間が必要で、体験から入らないと理解できないんだと思います。
季節の移ろいを見たり、日々の生活に自然を感じながら、初めてものが考えられるようになるんだと思うんです。」
テンダーさんが今のような暮らし、考え方に至ったきっかけは何ですか?
「23歳のときに、青森県の六ケ所村に1年間移住して、核の問題をずっと間近で見てきました。
そこで知ったのが、六ケ所村の問題の大きな根源の1つがお金だということでした。
それで、なるべくお金を使わないように生きていく技術を身につけたいと実感したんです。
だけど、試行錯誤していく中で、ソーラーは安い、高いとか、原子力は安い、高いっていう評価基軸自体が狂ってるってことに気づきました。
個人の暮らしがあって、それを包括する政治があって、政治を包括してるのが自然環境なわけですよね。
みんな大地の上に住んでるし、空の下に暮らしています。
例えば、空気が全部汚染されちゃったら政治もないし、個人の経済活動もないわけで、前提が自然なんだけど、それを包括する枠として金銭というのは小さいわけですよね。
物事を包括できてないんだけど、全部包括していると思い込む誤解から問題が生じてるわけで。
環境に多大な影響を与えるのに、その対価が安いからいい、高いから悪いっていう感受性自体が物事をちゃんと把握できてないし、評価できてないと思うんです。
だから、貨幣じゃない評価基準がいると思ったんですよね。」
それを探求するための今の生活というわけなんですね?
「そうです。
みんな持続可能性ってことを雰囲気で言うけれど、具体的に自分の生活の中で、持続可能性が現実的かどうかをきちんと計算することが必要だなと思います。」
「今ある評価基準で自分の考え方に近いものに、エコロジカルフットプリント(人間の活動がどれだけ自然環境に依存しているかを、自然資源の消費量を土地面積でわかりやすく表した指標。 自然生態〔エコロジカル〕を踏みつけた足跡〔フットプリント〕を意味する)という計算手法の概念があります。
その考え方からすると、もし地球上の全員が平均的なアメリカ人の暮らしをすると、地球があと5個分必要なんです。」
具体的な例で教えていただけますでしょうか?
「例えば、貨幣経済的にはトイレットペーパー1巻と鉄1kgであれば鉄の方が価値があると思い込んでいます。
だけど、一方でトイレットペーパーは世界遺産レベルのタスマニアの森林の7割以上を切り拓いて、トイレットペーパにしてしまったわけですよね。
何万年もかけて形成された森で、私たちはお尻を拭く必要があったのかって話なんです。
果たして、紙1巻と鉄1kgを環境負荷のレベルで比べたらどちらに価値があるのか?
その評価基準を、今のところエコロジカルフットプリント以外は持ってないわけなんですね。」
エコロジカルフットプリントに代わる新しい評価基準を探求されているということでしょうか?
「他にも例えば、フードマイレージやグローバルハピネスなんてお金以外の評価基軸はありますが、もっと総合的で具体的な、まだ一般的に共有されていない評価基準について明らかにしていきたいと思っています。
今、その評価基軸というのを、理解しつつあります。
具体的な内容をまとめたものを2冊目の本として出版する予定です。」
その内容は、とても気になります。
具体的なリリース日が決まりましたら是非、教えてください。
改めて記事としてアップさせていただきます。
「東京の杉並区高井戸の60坪の土地に、この鹿児島の自宅と同じ仕組みの家を作ることが決まりました。
そこに電気、ガス、水道を契約せず、下水もつながないオフグリッドな家を作り、この鹿児島の家のような時間の過ごし方ができる環境を作ります。
実現に向けての進み方が大事だと思うから、技術者にも入ってもらって、うちで使った手法をいくつか選択肢として提示し、みんなで話し合って理解しながら1個ずつ決めていくつもりです。
結構ゆっくりなペースで作り上げていこうと思っています。」
このプロジェクトの狙いは何ですか?
「重要なのは電気やガスや水道といった既存のインフラがグリッドされている家が、暫定的にオフグリッドになっていくプロセス自体なんです。
日本の現状で言えば、契約電源があり、既存の契約インフラがある家が99.9%なので、その移行のプロセスをノウハウ化することに意義があり、既存の技術と新規技術がどれくらい共存できるかを検証し、レポートすることにこそ真髄があると思っています。」
具体的に、どんなことをされるのでしょうか?
「下水技術の開発者の方やR水素という水素で蓄電する技術の開発者の方ともお話をして、今良いとされる技術を並列に比べて、現代のスタンダードな形が選べたらいいんじゃないかと思ってます。
それから、廃棄の問題にも触れていきたいと思っていています。
捨てるってことを外部委託してるから人は無意識にゴミを捨てられるようになってしまったわけで、廃棄のオフグリッドまで本当は触れなきゃいけないと思っています。
自分が生活していく上で環境へのインパクトを理解するとはどういうことかと言ったら、自分の実感では重さを測ることだと思っていて、今、自分が買った物と捨てた物の重さを全部素材別に測っています。そうすることで物を捨てることに対して意識的になりました。
この取り組みでも、そういうとこまで降りていきたいと思っています。」
“てー庵2”というプロジェクト名には、どういう意味がこめられているんですか?
「最初は低支出、低負荷、低収入の家って言う、“低庵”という提案だったのですが、鹿児島の今の我が家に続く第二弾ということで“てー庵2”です。
基本的には、そのコンセプトで進んでいます。
すごく贅沢な生活ではないですが、不便ではありません。
雨風はしのげますし、寒くて凍えることもないです。」
テンダーさんはその総合プロデューサーとして関わるんですね?
「そうですね。
自分はオフグリッドの暮らしについて今、日本で一番、説得力を持って語れると自負しています。」
ご紹介いただいたプロジェクト以外で日々のお仕事は、どんな感じですか?
「仕事といった時に、お金を得るためのものと、社会的意義を重視して収益を目指してないものがあって、その比率は2:8くらいで社会的意義の方が多いですね。
金銭的には、『わがや電力』の売り上げが結構入ってくるので、別に何にも困ってない状況です。
あとは、時々、東京などへ地方公演をしに行きます。自分にとっては東京が地方だと思っていますので。
それ以外は、今例えば鹿児島の助産院を移転するからクラウドファンドを立ち上げ、システムを作ったりしています。
マイプロジェクトとしては、次の本を作りこみたいと思っています。
でも、社会意義の作業の方に時間を取られて手が回ってません。
収益性の高い仕事より社会性の高い仕事を受けられるのも、年間の家賃やライフコストがかからない形にしているおかげです。」
テンダーさんが考える、“これからの豊かな暮らし”とは?
「豊かと幸せという言葉に非常に懐疑的で、幸せと豊かさっていうのは個人の尺度に帰結してしまうわけです。
幸せとか、豊かさってのは充足したほうが良いんだけど、もっと大きな文脈で話をしたいわけです。
もっと大きな視野で、この星をどう回していくかという話の中に、どう豊かさとか幸せを見つけられるかって話であれば意味があると思います。」
そのためにはどうすればよいでしょうか?
「頭で理解しようと思ったり、エッセンスだけ聞いたって結局何も変わらないと思うから、東京だったら東京なりにオフグリッドな暮らしを試みる体験が必要だし、そうとう手前からやらなければいけないんだと思います。
大きな視野での“豊かさ”を考えるのであれば、そのためのノウハウは提供できると思っています。」
大きな視野を持って、これからの豊かな暮らしを実現することを人間は、できるのでしょうか?
「トム・ブラウン・ジュニアって人が書いた、『グランドファーザー』(Favorite Bookにて紹介)って本の中に、“人間は地球に巣食う癌ではなくて、世話役なんだ”って話が出てくるんですね。
自然がほったらかしにされていたら元に戻るのが30年かかるところを、人間が適切に手を入れることで、10年で済むというわけです。
つまり、人間は破壊された自然を元に戻すことを早めることができる、というくだりがありまして。
それを読んだ時は、へえそうなんだくらいに思っていたのですが、ここに来て、2年半住んで、排泄して、堆肥を作って、間伐してってやっていたら、2年半前よりはるかに生物が多様になっています。
ここは杉林ばかりだけど、毎年ちょっとずつ切っていたら、雑木がどんどん増え、雑木が増えれば、そこに鳥が止まりに来てフンを落とすので、また違う芽が出てきました。
それに小動物も増えてきていて、どんどん生き物が増えてます。
だから、洗剤とか下水とか生態系を分断するテクノロジーじゃないものを使えば、そこに一家族いるだけで簡単に自然は多様性が増すんです。」
未来への希望を感じられる素敵な話ですね。
そんな未来に向け、これから、テンダーさんが取り組んでいきたいことは何ですか?
「『わがや電力』を書いて、自分がやりたかったことは、オフグリッドを広めることではなくて、文化を作ることだったんだなと気づきました。
これから出していく本が5冊か6冊かわからないけど、ある程度、まとまった時点で、この人はこういうことを志向してたんだってことに気づいてもらえたらと思って書いています。
振り返って、あの人の発言や発信は文化を作ろうとしてたってことが見えないと力にならないと思っていて、はたと振り返ればそこには文化があったってくらいにならないと。
日々の生活の中で意識し、実践されているテンダーさんだからこそ、説得力ある言葉として胸に響きます。
“この地球全体をどうするか”という観点から、新しい文化を作っていく。
テクノロジーを違う方向、違う発想で使えば、失われた自然を取り戻し、多様性豊かな環境を創り出すことができる。
実践者であり、研究者であり、表現者であり、改革者であり…、いろんな側面を持って、ご活躍されているテンダーさん。
『わがや電力』、『てー庵2』と次々と繰り出される未来の暮らし方の提案には、わくわくする刺激がいっぱいです。
MeLikeのコンセプトにもあるように、これからの時代、正に“大切なのは、モノやテクノロジーだけではなく“意識”のイノベーション”!
テンダーさんと共に、未来発想で新しい時代を作っていけたらと思います。
ヨホホ研究所
テンダーさん
ヨホホ研究所
テンダーさん
1983年、横浜生まれ。職業はヒッピー。23歳当時、青森県六ヶ所村に一年滞在したのをきっかけに、知恵と技術を求めて各地を放浪。
その結果、火起こしから電子回路まで、先人の技術を引き継ぐことを重視。現在はWebと、ありとあらゆる表現によって、環境を保全しつつ環境に遊ぶことを実践中。
その一例として、鹿児島県に電気・水道・ガス契約無しの年間家賃1万円の家『てー庵』を作り暮らす。ヨホホ研究所主催。http://yohoho.jp
BOOK
『トラッカー』、『グランドファーザー』
トム・ブラウン・ジュニア著
私が通っていたトラッカースクールで扱う知識が書かれてるノンフィクションです。
『トラッカー』はトム・ブラウン・ジュニアの自分の記録で、『グランドファーザー』はその師匠であるネイティブアメリカンの記録です。
トム・ブラウン・ジュニアは7歳の時に、ネイティブアメリカンの酋長グランドファーザーに見初められて10年間その技術を学びました。それから放浪と修行を繰り返しながら、FBIに技術提供をし、6百数十件の行方不明者を見つけたという足跡追跡のプロなんです。
足跡から年齢、性別、体重、利き手がどちらか、どういう性格か、お腹は減ってるか…とか分かってしまうんですね。
その人のやってる学校がトラッカースクールです。
私は、1万年前からの人間の技術を学び、それを物事を考える基本に据えていて、この2冊でその基礎を学びました。
今の自分の考え方の基本となっています。