Quest for quality life through traveling around the world.

Inteview

15

スタートアップは地方でいかが? 長野県塩尻で起業をサポート ビジネス目線の地方創生【前編】

塩尻市地域おこし協力隊
宝山健太郎さん&仲間達

起業してみたい!とは思っても都心で起業なんて初期コストを考えただけでも高額すぎて到底無理!
でも地方だったら…?確かにコスト面などスタートのリスクは低そうではある一方で起業に適した地域のリサーチや地元の人のつながりを築くことや土地勘を得ることなど難しそう…。
今、“地方創生”が叫ばれる中、地域特有の資源を活かしたビジネスモデルを生み出し、その地域を豊かにしていくことが、全国各地で求められています。
しかし、起業希望者と受け入れる側の地域のマッチングがなかなかうまくいってないのが現状のよう。
そんな状況を打開する好例として挙げられるのが長野県塩尻市の“シティプロモーション”の取り組み。
塩尻の資源を活用した起業希望者の移住定住を推進して地元にも利益を生み出す新しい事業を展開してもらおうというもの。その先駆けに、空き家の別荘をリノベーションし、起業希望者をサポートする拠点としてシェアオフィス『Enrei(エンレイ)』(シェアオフィスがある塩尻市塩嶺(えんれい)地区よりネーミング)をオープンしました。
その管理人として任命されたのが地域おこし協力隊の宝山健太郎さん。
都会のバリバリビジネスマンの彼が、縁もゆかりもない塩尻で働くことを決意するに至るには、彼のような若者を受け入れる地元行政の方の熱意と理解、そして都心からフォローアップする仲間達の存在がありました。
“地方創生”のひとつの成功事例として宝山さん、そして彼と共に塩尻を盛り上げる仲間達にお話を伺ってまいりました。

“帰りたい地元に帰れない”現状を
変えたい!

「僕は、福井県福井市出身なんです。

都会に憧れて高校卒業して、名古屋の大学に進学して、東京に就職ってパターンできているんですけど。

働き出して東京で4年ぐらい前から福井県出身の同世代の友達を集めていろいろ企画してきたんコミュニティを作ったんですけど、そのメンバーの多くが実は地元には戻りたいって言うんですよね。

そうは言うんですけど、帰らない。帰らないじゃなくて帰れない。

福井で大学出て就職するというと、公務員もしくはお医者さん、もしくは実家を継ぐ。この3パターンが多くを占めるんですね。

戻りたいけど仕事がない、収入がない。

幸福度日本一って言われてる県なんで、普通だったら帰りたいと思うんですけど、帰らない理由ってそこに起因してるんじゃないかなと思っていて。

ただ、今すぐに戻って何かできるかっていったら具体的に思いつかず。

そんな時に、塩尻市振興公社清澤さん(現在は塩尻市役所勤務、インタビュー後半に登場します)とお会いして。

塩尻市の地域活性化の取り組みを考えていて人材を探しているというお話を伺って。これだ!と思いまして」

良い条件のお仕事を蹴って、塩尻のプロジェクトを選んだとか?

「今の会社には創業期から在籍しているんですけど、EC事業部長というポジションで日々奮闘していて。

前職で営業やってたので、営業には結構自信があり。社員が増える中、マネージメントの術も体得してきて。

全然まだまだヒヨっこですがWebの知識とかスキルをそれなりに身につけてきていて。

東京だと決して珍しい事ではないと思いますが、こんな私に声かけてくださる方が実際にいて。 結構、世の中には需要があるみたいです(笑)。

ただ長い目で見て、僕のゴールは地域に貢献できる形を作る事だって思って、30にちょうどなった歳ってのもあったんで、ここはダメだ、流されちゃっいけないと思って。」

長期的判断で目先の収入より、地方を盛り上げることにやりがいを感じたってことですね?すごい!
でも、将来、地元に戻ることをお考えだとしても、東京でバリバリとビジネスされている方が地域の仕事に興味をもたれるのは不思議な気がしますが?

ビジネス視点で
地域活性化に取り組みたい

「僕は、もしかしたら、いわゆる地域活性化ってのを世間一般の視点からとは違う見方をしてるかもしれなくて。

よく見聞きする地域活性化って、綺麗ごとが多いなって思ってて。

もちろん様々な取り組みがあり一概には言えないことはわかっていますが、正直に思っていることを言いますね。

そこら中で地域を盛り上げる、考える、とかいう内容で、様々なイベントを開催してるじゃないですか。

でも、果たして彼らの多くが何にコミットしたのかと言うと、端から見てると疑問なところで。

例えば都内でワークショップを開きましたと。大成功しましたって写真をSNSとかでよく見たりする。イベントとしては成功だよねと。

じゃあその後、何がどうなったのという所を拾いたいんですけど、拾えない。

多分、ビジネス的な、“Plan” 、“Do”、“See”、“Check”でいうと、“Plan” から“Do” は出来てると思うんですよ。

でも、その後の検証がされていない…。きちんと継続的に回せていないのかなってイメージがありまして。

イベントで何人来ましたって、どうでもいいと思ってて。

ゴールが地域を活性化するということだとすると、例えば、“塩尻市で何かビジネスを始める”というところまでつなげることだと思うのですが、イベントから一体、何が始まったのっていうのが多いような気がして。実際は何か始まっているのかもしれないですが。

何人が本当に実際の行動を起したのかってところを僕なんかは突き詰めたいし、強いて言えば、そのおかげで、その地域にお金がどんな風に回ってきたか、雇用が何人生まれたか…とか。それによって出生率が0.0001%かもしれないけど上がったとか。

そういうところを突き詰めないと面白くないですよね。だってそこ詰めないと何も意味ないじゃないですか。起こしたアクションが、どんな結果を出したのか、そこ見ないと次のフェーズに進めないと思うんですよね。

そんなバリバリビジネス的な視点の地域活性、地域おこしに関われたらと実は思ってて。

そしたら僕の攻めの地域活性化の考え方に、清澤さんは、すごくいいと共感してくれて。

あ、やっていいんだ。行政の方も絡んでくれて、やれるんだと。これは地方でビジネスを実践できる場ができたと。」

2百万を1千万にするのが
本来の
地域おこし協力隊の役割り

形としては、宝山さんはどういう立ち位置でお仕事に携わられているんですか?

「地域おこし協力隊っていうと行政よりなんですけど、要は塩尻市の特別職って形で僕が行くんですよ。

年契約で2百万なんですけど。

お金よりも、行政の方と仕事してみたかったというのが強いんですよ。

行政ってどうやって動いてるんだろうなと思ってて。それを真近で見えるって。」

2百万もらって、行政の勉強をさせていただいているみたいな。

「契約の条件としては、兼業が可能で、自分で創業してもOK。結構優遇してもらってると思うんですよ。他の地域に比べると。

一般に地域おこし協力隊って、国がお金を払って1人を定住させてるってケースが多いんじゃないのかなって見てるんですよ。

地域おこし協力隊と言う名の移住用の費用みたいな。それじゃ地域おこし協力隊の意味がないのではと。

僕は、2百万を給料だと思って、それ以上のお金を塩尻に引っ張ってこないと意味がないと思っています。

木を切ってたって、漁師やってたって、そんなもん素人がやるより、プロの地元の方がやられた方が全然いいはずです。
そんなことやるんじゃなくて、2百万を1千万にして返すってモチベーションで行かないと、地域おこしなんてできるわけないって思ってまして。

ただし後継者不足が目立つ地域は別問題ですが。塩尻市は比較的満たされている地方だという事も認識し始めました。それぞれのレイヤー毎に地域おこし協力隊のポジションも変わると思います。

僕は普通ビジネスマンなんでちゃんと稼いで遊びたいし、ちゃんと稼いで例えば結婚するんであればいい式挙げたいし、親にもお金あげて旅行に行かせたいし。なんで、そこを僕は徹底的にやるつもりでいます。」

塩尻に眠っている
魅力あふれる資源を
掘り起こす

そうすると、たまたま宝山さんの考えに賛同してくれる地元の方とのご縁があって塩尻を選んだけれど、他の市町村に入る可能性もあったんですかね?

「僕が塩尻を選んだ理由がもう1つあって。それは塩尻には豊かな資源があることです。

この間、市の振興公社が開催した体験ツアーですごい痛感したんですけど、自分の出身の福井市を2日間かけて都心の感度の高い若者十数名を満足させるツアーを市内だけで組めるかっていったら、結構難しいと思うんですよ。

塩尻市は人口6万人規模でそんなに施設も多くないと思うんですが、充分満足出来る内容のツアーが組める、かつ、それがあまり知られていない。

それって地元の資源が豊かとイコールかなって思って。

ビジネス目線でいくと、そこは商売道具になり得ると思ってる。これを広めることってお金に還元できることが多いはずで。

例えば、木曽平沢の漆器。日本三大漆器と呼ばれる秀逸な伝統工芸品にもかかわらず、どれだけ知られているのか?どれだけ売られているのか?きちんと意識しないと分からないし。

売り方が古いのかもしれないし、売り方を知らないだけかもしれない。

売れるスキームとして、例えば、インターネットを使えばいくらでも世界に発信できるとか。

高ボッチ高原の景色が素晴らしく美しいという話だって、昭和のスキーブームが下火になった今、人が来なくなて終わっていたらすごいもったいないよねって。

例えば、あそこでウェディングを挙げる人をつかまえてきて、アウトドアウェディングのようなものをやってみたりしたら、それもきっとお金に変わるだろうしとか。

そういう事を考えやすい土地だなと思っていて。

チャンスがたくさん転がっている印象がすごく強いですね。

↑都内在住の様々な職種の若者に参加を募り2015年10月18日~19日に開催された『信州しおじり体感ツアー』の様子。宝山さんも同行。高ボッチ高原(上)、里山でのキノコ狩り体験(中)、塩尻のワイナリー『五一ワイン』の工場ツアー(下)。他にも見所満載の充実ツアーでした。

「しかもそれを地元の皆さんが喜んで提供してくださるので。

拾いやすいんですよね。“使って!使って!”ってスタンスなんですよ。

本当に、ありがたいことです。

それから“モノ”でけでなく、魅力を感じるのは“人”。

ずっと固定概念で、地方の方、特に職人さんとかは、外部の人間の考えとか受けいれてもらえない堅くなさがあるのではって思ってたんですよ。

だから新しいものが生まれないし、いわゆるイノベーションが起こらないんだって思ってたんですけど。

たまたま木曽平沢の街を歩いていたら、すごいオシャレに漆加工されてる素敵な桶を見つけて。

店長さんに聞いたら売り物じゃないって言われて、でもそれを作っている職人さんを紹介してくれて。

でも売り物じゃない品を作るぐらいだから頑固な職人さんなんだろうなと思ってたんですよ。

お会いしたら全然違ってて、作っている物も、真緑色の漆器だったり、ちょっとモダンなドット柄のものだったりとか、抹茶の粉を形成して作られた器とか。

“古臭い漆器なんて全然ダメなんだよ”って言ってて。
で、“これ作ってる時が一番楽しい。でも全然売れねーんだよ。”なんて言ってるんですよ。

こっちからすると、この人、超素敵なモノ作ってて何言ってるんだって(笑)。

もっと売れるようにすればいいのにって思って。

よくインターネット通販の引き合いはくるらしいんですね。でも全部拒否ってるんですって。

理由は“ネットにあんなもんポンって置いたって売れねーだろ!”って、ただそれだけで弾くらしいんですけど。

でもそこは、彼に通販のお願いする側の説明が足りてないんだろうし、インターネットの可能性をまだ感じさせることが出来てないからだと思っていて。

オシャレな漆器、6万円ぐらいしたんですけど、その人のストーリーを聞いて完成までの工程を知れば、値段相応のものだなって。むしろ安すぎるかも。オンリーワンなんで。そういうモノが売れる時代だと思ってて。

何より、伝統にこだわらず独自の取り組みをしていこうという発想を持った人間って地方にもいるんだなと感動して。

わざわざ都心からクリエイターを呼んで新しいものを作らなくても、実は作ってる人っているんだと。

その掘り起こしだけでも、すげえ面白いなと思いました。

“モノ”以外に“人”の資源も眠ってるなと。ただ経済的に機能できるようになってないのが、もったいないなと思ったんで。そこをうまく回るスキームを作って、お金に還元する道を作りたいなと思っています。」(【後編】につづく)

地域の起業を可能にする
地元の方のサポート

ビジネスマンとしての熱い思いと行動力で地域おこし協力隊に参加した宝山さん。
そんな彼が見ず知らずの土地に入り込んで活躍できるのも、地元の方の理解と協力があってこそ。ということで後半は、宝山さんの“塩尻を盛り上げる仲間達@地元”ということで塩尻市市役所企画課清澤貴次さんにお話を伺いました。

Profile
1986年塩尻市役所入庁。ヒト・モノ・カネ・情報(知恵)の市内環流を目的としたシティプロモーション事業を担当。「お金が回る仕組みから地域課題の解決へ」をコンセプトに、地域の魅力を新たな視点から資産価値化するビジネスモデルの創出を、首都圏の若手起業家達と一緒に仕掛けている。

改めて、今回、宝山さんが地域おこし協力隊として入ったプロジェクトのプランに関してお聞きしたいのですが。

「2015年の春から市役所のシティプロモーションという部署を担当しているんですけ大抵、シティプロモーションというと、地域のPR活動、セールスに近いようなものって思われるんですけど。

よく銀座とかで移住どうですかって催し物をやってたりしますが、このようなイベント開催だけではあまり意味がないと思うんですよね。

既存の街が疲弊しているのに、それをシティセールスしているだけでは魅力は感じてもらえない。

まずは市の強みとなる資源を新たな魅力として創り出し、それをアピールすることによって“人”、“モノ”、“金”、“情報(知恵)”を市内に流入させて、その資産を内部で活用可能に還流させていくことで最終的にいろんな意味で市を元気にしていくことが、我々のシティプロモーションの目的で。

今、“地方創生”って一生懸命言われているけれども、単に人が移り住んでくれれば解決するってものではなくて、地域でお金が回ってる仕組みができないと本当の意味での地方創生にはならないんじゃないかというのが私の持論でして。

助成制度なども一生懸命考えていますが、例えば、家賃の一部を補助するから是非塩尻へ来てくださいってスタンスよりも、塩尻で、この土地の資産、魅力の“種”を使って自分達でお金を生み出していきませんかって方が、より早く地方の底上げにつながるんじゃないかなと。

単に移住だけ促進しましょうって取り組みではなくて、ベンチャー企業や起業に興味がある方達と地方創生や地域活性化への意識と熱意の共有を図り、この地域にある“資源”を活用してビジネス展開していってもらうというプランを作ったんですね。」

そのひとつがシェアオフィス『Enrei』?

「そうです。今、塩尻でも空き家がどんどん増えてるんですけど。

それをどう活用していくかって事は、これから人口が減少していく中で、考えていかなければならないことで。

塩嶺エリアというバブル時期より少し前にゴルフを楽しむ避暑地として開発された場所があるんですけど、今、所有者の方々はご高齢になってしまってる。じゃあ同じ活用を次の世代がしてるかといったらしていない。

現状、不良資産化してしまっているわけですが、一方で環境はものすごくいい所。

それを活用しなければという視点から、従来の別荘地というアピールから今のニーズに合った形に変えていこうと、シェアオフィスという活用法を考えて。

地方で何かビジネスを展開したい、起業したいという人達を、お連れして、起案している事業を塩尻でやっていきませんかみたいな話ができる拠点にしたいという思いで。

それには、あそこに人がいて、いつでも誰でも訪ねて行けるという環境をまずは作っておかないとと。動かしていく人が必要だという話になって。

そこで宝山さんに一任することになりまして。

もともと、宝山さんとのつながりは、塩尻市振興公社といういわゆる第三セクター的な事業を行っているところに私が在籍していた際に、『子春日和』という少子化対策のプロジェクトを担当していて、その一環として都心から人を呼ぶ移住促進イベントを開催したことがありまして。

そのつながりで宝山さんに出会って。

東京の業務を塩尻に持ってきてくれているノーメイクという会社の紙谷さんや塩尻市の仕事をしていただいているLifebookという会社の細貝さん(次回【後編】でインタビュー記事を掲載)もそうです。彼らもすごく志を一緒にしてくれて、ビジネスとして展開するだけでなく、塩尻市の課題にちゃんとコミットしてくれていて。
塩尻でのイベントがきっかけとなって広がっていったんですね?

「そうなんです。小さな移住促進のイベントがきっかけとなって塩尻の可能性を広げ、盛り上げてくれる才能あふれる彼らが関わってくれることになった。

当初は直接的な効果が見込みづらい取り組みと思われたものから後々、結果的に大きな効果が生まてきた良い例で。

そういう外部の人間を引き入れるアクションや繋がりを、地方は重視していかなきゃいけないと実感しました。
自分達は地元の魅力に気づけてないし、活用の仕方もわかってない。

だから地方はきっと眠っているネタはたくさん転がっていると思うんですよね。

今まで活用できなかったから、こういう現状になってるわけで。

新たな視点から地方の魅力を切り取って、それを活用してくれるキーマンが必要にだと思います。

そういう人材を、この地域内からって発想でなく、もっと広く地域外から連れて来て見てもらって、“俺これやりたい”って手を挙げる人がいたら、支える部分を行政がカバーするみほたいな形にしていきたいなと思っています。」

宝山さんはじめ皆さんが、清澤さんの熱い思いに共感して、塩尻で仕事することにモチベーションを感じているようですが。

「自分ではよくわからないですけど(笑)。確かに塩尻市は、新しい取り組みを進められる恵まれた環境があるかもしれませんね。

元々、民間出身である塩尻市長をはじめ、市の上層部の方々が民間感覚で地域の課題に目を向けているし、課題解決への取り組みを実践する意識がとても高い。

そういう方々だからこそ、トライをしていけ、失敗してもいいんだと言ってくれるわけですよ。

市の先進的な姿勢を表す事例のひとつが、ICT(Information and Communication Technology、IT技術に通信コミュニケーションの重要性を加味した言葉)の取り組み。

今年、『世界インテリジェント・コミュニティ・フォーラム』という世界的な会議でICTの先進的な自治体のトップ21に海外の先進都市を抜いて塩尻が選出されたんですね。それだけ積極的に力を入れている。

例えばWi-Fi環境を使った子どもの見守りシステムや、図書館の運営システムとか。普通行政の運用システムって、大手ベンダーの開発ソフトを使ってカスタマイズして作っていくと思うんですけど、一から作り上げて、それをオープンソースとして他にも活用できる形でやっていくってスタンスで。」

こういった自由でオープンな新しいモノを積極的に受け入れる塩尻の風土や人の魅力が、優秀な若者を惹きつけるんでしょうか?

「皆さんからよく塩尻は“人”がいいよねってことを必ず言ってもらえる。

なんでそうなんだろうねって話をした時に、塩尻って街道沿いにある、昔の交通の要所だったところですよね。

中山道木曽路から三州街道から善光寺街道って全部。

宿場町が多いってこともあって。普通だったら山切りとか閉鎖的なイメージがあるけれども、街道でいろんな人たちが通ってたから、外の人達を受け入れて、奈良井宿のような宿屋をやったり、してたわけですから、そういう意味ではオープンな気質っていうのが土地柄の中であったかもしれないですね。

そんな塩尻のDNAを宝山さんに受け継いでいただいて、新しいつながりをどんどん作っていってくれたらと思っています。」

次回、【後編】では宝山さんのインタビューの続き。そして、彼を支える東京の仲間達にお話を伺います。
Profile

塩尻市地域おこし協力隊

宝山健太郎さん&仲間達

塩尻市地域おこし協力隊

宝山健太郎さん&仲間達

1985年生まれ。福井県福井市出身。大学卒業後、アパレルメーカー株式会社レナウンに入社、営業を担当。その後、ベンチャー企業に転職。事業部長として法人向けECを担当。2015年11月より地域おこし協力隊として塩尻市役所に就任。地方創生を創業支援の側面から後押しする活動を開始。