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出たくてしょうがなかった地元が 自分らしく生きる理想の場所に! 長野飯田、くるみブラザーズの挑戦

くるみブラザーズ
胡桃沢理恵さん、知秀さん姉弟

 世界的に産業構造が大きく変化する中、日本産業の空洞化、ものづくり現場の衰退が危ぶまれています。
 そんな中、高度経済成長期に隆盛を極めた地方の中小企業の多くが、次の世代への継承をどうするかという問題に直面しています。
 今回、お話を伺った、胡桃沢理恵さんと知秀さん姉弟のご実家、長野県飯田市の省力化機器メーカー『NSS』もそのひとつ。
 お父様が代表取締役を務める会社の事業と、自ら望む“自分らしい生き方、働き方”をうまく重ね合わせ、地元飯田で、これからの豊かな暮らしを実現するため活動を始めた胡桃沢姉弟。
 “くるみブラザーズ”なるユニットを立ち上げ、二人がまず最初に取り組んだのは、ご実家の工場見学を兼ね、飯田市在住のものづくりに勤しむ方々との交流を図るツアー『ものづくりを巡る旅 in 飯田 2015』を企画、開催すること。
 ツアーを無事終了した直後のお二人に、これまでの経緯と、これからの意気込みをお聞きしてきました。
(ちなみにtopのお写真は、お二人のお母様の撮影によるものです。)

海外経験から 改めて気づく
地元飯田の魅力

飯田で何かやりたいというのは、以前からずっとお考えだったんですか?

理恵さん(以下R)、知秀さん(以下T)「全く!」

R「私は高校までは地元から出たくて出たくてしょうがなかったし、地元に戻って来るなんて考えてもいなかったです。」

T「自分も昨年、ポートランドに行くまでは、東京で家庭持って、子どもを育ててぐらいに考えてましたからね。すぐにでも出たい場所でしたし。飯田の魅力に気づこうともしなかった。」

どうして“飯田へ”という気持ちになったのですか?

T「就職活動をしてる時に、どうやって生きてこうかと考えたんですが、その時は納得いく答えが出なかった。たどり着いた答えは、まず就職で。自分の答えを仮決定してたまま、自分で決めた事だから働かなければと義務化してしまったところがあって。

世の中には、相当な努力をしているんだろうけど自分のやりたい仕事をしている人達もいて、自分も出来たらいいなと。理想と現実のギャップを感じていたんですね。」

 

 

やりたい事を仕事にするのが当たり前!
衝撃的だったポートランド体験

T「そんな中、昨年、facebookで自由大学が主催する『CREATIVE CAMP in ポートランド』の募集に、“自分の好きなことで起業する文化が溢れている町”っていう謳い文句があって。

あー、今の悩んでいる自分にぴったり!って思って。即、応募しました。やりたいことを突き詰めてみようって!

2014年の夏に1週間ほど、ポートランドに滞在して、街中がやりたいことを仕事にしている人だらけで。

特にワイデン&ケネディという広告会社の本社を訪問した時に、創始者のジョン・C・ジェイ氏から“仕事は、オフの時の自分と好きなことをしている自分の両方が重なっているところでやれるのが一番気持ちいいし、人生が豊かになれるよ”って聞いて。

今まで頭の中で理解しているつもりだった事が可視化されて実感として持てて。頭でなく体で、やりたい事、好きな事をやっていいんだって思って。」

↑『CREATIVE CAMP in ポートランド』での1枚。「40代でサラリーマンを辞め、『COMMONS BREWERY』というビールメーカを立ち上げたメンバーの一人。“40歳を過ぎていたから、すごく不安だったけど、ビールが好きだから起業してしまった”、“大金を稼げなくても、美味しいビール作りをすることができ、そのビールの周りに人が集まって、楽しんでくれることが一番の目的。”とのこと。経営理念は“GATHER AROUND THE BEER”(ビールに集え)。“好きを仕事にする勇気”や“お金の為だけじゃない働き方”を教えて頂いた方でした。」(知秀さん)


 

↑「『PANIC.Inc』というアプリを作るIT企業を立ち上げた方です。仕事が“好きで好きでたまらない”と終始楽しそうに仕事を語っていて。実はこの方、スティーブ・ジョブス氏から音楽メディアプレーヤーの開発責任者として引き抜きがかかったんですが、“地位や多額の報酬を約束されても、好きなことをやれなきゃ意味がない”と断ったらしく。そんな裏話を聞いて“好きを仕事にすることの強さ”を実感しました。」(知秀さん)


 

↑Pacific Northwest College of Artの卒業生で、キャンプのサポートをしてくた方々。

T「それで、シンプルに自分に好きな物を問いかけていったら、あ!飯田好きだ!って。

最近まではその魅力に気づかなかった。たまに帰省すると熟睡できる。精神的には安心できる場所だったんですよね。

夜明け、薄暗い朝もやの中に朝日が差し込む景色をボーっと眺めているだけでも飽きない。実は綺麗な所なんだって。

よく寝れる、緑豊か、深呼吸できる、トマトが安い(笑)。都心だと生産者さんの顔が見えるとかありますけど、こっちではそんなの当たり前。野菜の種類もすごく充実してる。小さい頃は当たり前で気づかなかった積み重ねが、今、好きなものを紐解いていったら飯田の魅力だったって事とに気付いた。魅力しか見えてこなくなった(笑)。

それで、ここで何かやりたいと思って。じゃあ、飯田で何をやろう?って。」

生活環境の素晴らしい街
カナダ、ビクトリアに
重なった地元飯田の風景

R「私は、カナダ留学でカナダ人のライフスタイルに影響を受けたのが基盤になっているのかもしれません。

2007年にカナダのビクトリアという小さな島で1年半留学していたのですが、印象的だったのは、若者から大人まで、学生であろうが社会人であろうが皆自分らしく人生を楽しみながら暮らしていること。

クラスメイトは、裕福ではないけれど、ある一つの目標に向かって、できることを地道に続けながらポジティブに日々の生活を楽しんでいました。

先生も勤務時間外は、プライベートな時間だから一切働かない事を徹底していて。

その姿を見て、自分らしく生きればいいんだ、という意識が 強くなっていって。“自分らしくいられる働き方”がテーマになって。」

↑(左)「最初に通っていた語学学校の先生、エリン。先生業のかたわら長期休暇を取り旅に出たり。自分のライフスタイルを楽しんでいる姿が印象的でした。」・(右)「9ヵ月、一緒に住んだシェアハウスのオーナー、ダイアナ。料理と人を招く事が大好きで、イベントの楽しみ方やホスピタリティを教わりました。カレッジのビジネスコースに通っていた時は、一緒に事業案を考えてくれたり、“カナダの母”です。」(理恵さん)

↑「カナディアン・ロッキー。どことなく長野の風景を思わせる雰囲気もあったりでした。」(理恵さん)

↑スタットフィールド氷河での一枚。

「理想と現実のギャップに悩みながら、遠回りもしました。

帰国してすぐ東京で英会話を教えていたのですが、家業の事もあり、仕事の視野を広めたいと商社に入ったんですね。

でも思いのほか仕事がハードで。会社に行って寝るだけのライフスタイルの意味がわからなくなってきて。私は何をしたいのか、今後どうしたらいいか、東京にいる意味があるのか?すごく考えるようになって。

結局、体調を崩してしまい、本意ではなかったのですが、地元に戻り、家業に携わることになって。

家業は家業として、自分らしくいられる方法、自分の活動を模索し始めて。

自分らしくいられるフィールドってどこだろうと改めて深く考えなおしてみて地元しか思いつかなかったのも事実です。

カナダから帰国直後、飯田に帰省した時、自然が豊かな地元の景色にカナダの風景が重なったことを覚えています。

今、改めて思うと、ビクトリアが観光地であるということを除けば、街の規模や自然豊かな環境、2時間程度でバンクーバーやシアトルなど都会に気軽にアクセスできる立地など地元、飯田とあまり変わらず。

必要最低限のものがあれば、街が小さくても、むしろ、これからの生活を考えると豊かな場所なんだと思うようになって。」

姉弟二人で思いついた
実家の工場ツアー

理恵さんと知秀さんと同じような時期に飯田で何かしたいって思いついたんですね。それでまず手がけたことは?

R「自由大学が昨年末に冬季集中の創業スクールを開催することを知り、からいずれ自分一人で出来ることをしたい、それは起業なのかなと思っていたところだったので。

でも事業書はどうやって書くのかとか、起業に関する基礎知識もなかったので、これはいい機会だと。ちょっと受けてみようと思って。

そこで講師の社内企業家の望月暢彦さんから、飯田の実家の工場見学ツアーのアイディアをいただいて。

飯田で何をするにしても、何かしら家業に結びつけられたらという思いはあったんです。この状況、今ある資源を使って何か出来たらって。でも、私も弟も文系で家業の技術のことはあまりよくわからないし。どちらかというと内に秘めて隠しておきたい。あえて見せたくないってネガティブな思いのほうが強かったんですね。

それを人に見せて、意見をいただくなんて、考えてもみなかった。自分の実家の会社を外の人に来てもらって、考えてもらう。おもしろい!と思って。すぐに弟に話したら、いいね!って事になって。」

↑2015年9月に開催された『ものづくりを巡る旅 in 飯田 2015』ツアーの様子。

T「自分もポートランドから帰国して、最初に考えついたのが、“地元に人を呼ぶツアー”というアイディアで、それとリンクして。

姉と最初は、会社を見学をしてもらい、思いつく事業アイディアを出してもらう的な内容を考えていたんですが、でも実際、アイディアをもらったところで今の自分達が応えきれるかなと思い。そもそも、そんなツアーに人が来てくれるだろうかと不安になり。

じゃあ別の視点で考えようと。

姉から飯田は、ものづくりの街だから、ものづくりに関わっている身近な人にスポットライトを当て、その人の仕事ぶり、生活ぶりを見てもらいながら、地元との出会いの場、コミュニケーションの場を設けたら面白いんじゃないかってことになって。

今回、お邪魔した、実家の会社がお世話になっている超音波加工技師の方は経験値を基に、彼にしかできない技術をお持ちで、ザ日本の職人。

すごい技術を持っているのに普段スポットライトの当たらない方々、仕事の一線から身をひこうとしている人達にスポットライトをあてることで、彼らのこれからが変わるかもしれないし、地元を元気にするのに一役買えるのかなと。」

地元行政や企業との新しいながりも
一歩踏み出した事で動き出した未来

第一回目のツアーを実現して、当面、どんな事をしていこうと思っていますか?

T「知り合いに声をかけたこともありますが、予想以上に集まってくださって。とは言え、いろいろ改善しなければいけない点は多く、これからは、コンセプトを絞っていかなければと思います。会社の事業としてやるか、二人の独立した事業としてやるか。

理想はあるけれど、どうやって稼ぐかというビジネスモデルがまだ作れてないので、生業にするには、どう展開していくかって考えなければいけないと思っています。そのため、僕は、今年の12月に今の会社を辞め、飯田に帰ってくるので。

今、首都圏近郊でサラリーマン勤めをしていて、朝会社に行って、家に帰ったら寝る、自由に動けるのは土日。今回のツアーも姉と一緒に準備したのですが、電話での打ち合わせだけで、都心にいるので実務作業にはなかなか参加できず。

こちらに戻ってくれば、もっと活動に割く時間も、幅も広げられるかなと。

求人の関係で『信州若者1000人会議』というイベントを開催している地元カンパニーの営業の方がここに来てくれたりして、今の実家の会社の事業以外にも活動を広めていきたいので。地元にもどってがっつりやりたい。

また今回の件で、飯田市役所の職員さんと交流が出来て。飯田市役所は面白い人が多くて。まず市長さんがすごく面白い。職員のやりたいことをやりなさい、お金は出すから企画を考えなさい的な。いわゆるデザイン志向。

職員さんも、これがやりたいから今こういう事を考えているんだよとか、生き生きした人が多くて。地元に戻ったら、どんどん市役所に遊びに行こうと思っています。金融政策課の起業支援の方とも、こういうビジネスプラン考えてます、どうですか?みたいな相談をしたいですね。」

↑2015年8月10日、東京の銀座NAGANOで開催された『飯田市・移住交流カフェ2015』。飯田市のシティプロモーションと飯田のファンづくりを目的に、首都圏の20~40代に告知し平日にもかかわらず、定員の20名を超える申込みがあったとか。

R「私は、今回のツアーを開催するに当たり、東京の銀座NAGANOで『飯田市・移住交流カフェ2015』というイベントでプレゼンさせていただいて。いろんな方と繋がれて、今後が楽しみです。

教員免許持っているので、ゆくゆくは幼児教育、子ども達の教育に関連した事をやりたいという思いがあります。」

これからの世代の子ども達に
多様な気づきの機会を与える場を

さらに将来的には、どんな展開を考えていますか?

T「今、インターネットの普及で情報の地域格差はなくなっています。でも飯田のような地方は、体験できるイベントが少ない。

それは子どものころから思っていて。人口十万人の街で、影響を与えてくれる大人も十万人規模なわけで。これまで自分の選択肢って少なかったんじゃないかと。

もしあの頃、世の中にはもっと多様な生き方があるってことを教えてたら、今より面白いことができてたんじゃないかって?小、中、高生に向けて何か気付きの機会があったらって思って。

面白い人を連れてくるようなイベントが出来たら。そんな出会いが多分子ども達の未来の選択肢を広げるんじゃないかと。

そんな教育まで落とし込んだイベントを飯田で開催したい。

それがきっかけで都会から、世界から人が来てくれて。地元の大人達にとって新しい出会いが出来て。そうすると飯田で面白いことが起きるんじゃないかと。」

R「今の私が考える“豊かさ”とは、“心が健康なこと”です。

それは、自分らしくいられることだったり、 人との出会いや学びから得られることだったり。質の良い食であったり。

これは東京の生活で、理想と現実のギャップで、体調を崩した経験から今、思うことです。

“心”に焦点を当てていると、ステータスや物欲というものはあまり重要ではなくなってきてるのかなと私は思います。

とは言え、現実は食べていかなければならないので、現在は課題を抱える家業のかたわら、今回のような企画をライフワークにすることでバランスをとっています。

いつか、家業とライフワークが重なって新たな事業になればよいなと思っています。」

↑お二人のご実家の会社『NSS』の応接スペースにてインタビューさせていただきました。

T「僕は一つ理想なのが仕事のオンとオフをなくすこと。

土日も普通に自分の生業について考えていられるような。自然にストレスなく楽しく常に考えていられるような形。

今は真逆で、土日は仕事の事は考えない、ストレス発散みたいになっているので。

それはもったいない。働くって自分の人生を賭けてるわけじゃないですか、それが土日は努力を拒否するってもったいない。

好きが仕事になれば、ずっと自分を高められるし、ストレスもない。自分達のやりたい事と今の会社の事業を合わせて面白いことができたら。

『くるみブラザーズ』という箱を作って、姉と僕、それぞれの興味あることをやる。お互いに助け合いつつ、今回は私が発起人です、次回は姉が発起人ですって形で。

事業の継承とか、同じような悩みを考えている人とも連携していきたいし。結果それが、地方の中小企業の課題解決につながればいですね。」

今はまだ小さな取り組みかもしれないけれど、確実に一歩を踏み出した“くるみブラザーズ”の二人。彼らの活動に賛同する人、参加する人、影響を受ける人…、そこから、また新しい何かが起こり広がっていけば、飯田の中小企業を盛り上げる良い前例にもなるのでは?

今後の“くるみブラザーズ”の活動から、これからの日本の中小企業のあり方、地方の豊かな暮らし方のヒントが生まれてくるかもしれません。
Profile

くるみブラザーズ

胡桃沢理恵さん、知秀さん姉弟

くるみブラザーズ

胡桃沢理恵さん、知秀さん姉弟

理恵さん(姉)/1984年、長野県飯田市生まれ。大学では外国語学部英語学科を専攻。卒業後2007年にカナダへ留学。幼児教育に興味を持ち、帰国後、幼稚園教諭免許を取得。東京で子ども向け英会話講師を勤めた後、2011年まで商社に勤務。その後、都会生活に疑問を感じ、自分らしくいられるフィールドを求め、創業34年を迎える家業の製造業に携わることを決意。現在、家業の事業承継という課題を抱えながら、次世代に向けた組織作りに励む。そのかたわら、ライフワークとして飯田を拠点に地元の人と国内外からの来訪者をつなぐコミュニティ作りを目指す。

知秀さん(弟)/1987年、長野県飯田市生まれ。大学では政治学を専攻。発展途上国の経済について学んだことをきっかけに、2012年、インフラ系メーカーに入社。情報システム部門にて、販売・見積系システムの開発や生産管理システム再構築プロジェクトに従事。昨年8月、自由大学が主催する『CREATIVE CAMP in ポートランド』に参加。スタートアップの街、ポートランドで好きな事を生業とする人々と出会い、その魅力を実感。現在、会社勤めのかたわら、自分の原点である飯田市で地元と都会を結ぶコミュニティ作りを構想中。

Rie&Tomohide Kurumizawa's
FAVORITE TIPS

BOOK

『20歳のときに
知っておきたかったこと』
ティナ・シーリング著

課題を解決するためには、まず限られた資源を最大限に活かすことであったり、問題をもっと大きな観点から捉えることであったり。普段は意識していない当たり前の行動の中に実は問題を解決する大きな可能性が隠れているということを学びました。そして、問題はチャンスだということも。著者の来日講演にも足を運んだので、より感銘を受けました。(理恵さん)

PEOPLE

発達心理学者・精神分析家
エリク・H・エリクソン

エリクソンが提唱する心理社会的発達理論を学んだ時に、「人間の行動なんて、所詮、何世紀も前から実証され決まっているのだ。物事はある法則の中でしか起きていないのだ。」ということが腑に落ち、目の前の悩みがちっぽけに思えるようになりました。それ以来、エリクソンの理論は物事を科学的に考えるバイブルとなっています。(理恵さん)

BOOK

『豊かさとは何か』
暉峻 淑子著

バブル期に出版され、当時の経済効率優先の社会に問題提起をした本ですが、本書で指摘されている問題は20年以上経っても根本解決されていません。
豊かさを追求する人が増えてきたのに、何故解決に至らないのか。自分の生活のあり方を見つめ直したい時に何度も読み返しています。(知秀さん)