Quest for quality life through traveling around the world.

Interview

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本質を志向する人たちが集う
宮崎で培われる
これからの時代のラグジュアリー

Southern Factory
小園秀穂さん 小園寿美さん

宮崎の南端串間市幸島の美しい海岸沿いに佇むTAGIRI HOTEL。代表の菅間貴也さんのインタビューやMeLikeブログなどで読者のみなさんは既にご存知のはず。限界集落と呼ばれる僻地にありながら地の利を活かし、都会の高級ホテルでは決して真似出来ない上質なサービスとホスピタリティを味わえる“豊かさの本質”を極めた贅沢な場所なのですが、その魅力のひとつとしてあげられるのが併設のセレクトショップ、TAGIRI HOTEL home。ホテルの世界観に合わせ厳選された上質な雑貨や衣料品が並ぶ店内は見てるだけで心躍るTAGIRI的なスタイリッシュさが漂います。
このお店をディレクションしているのが今回、お話を伺った小園秀穂さんと小園寿美さんのご夫婦。
現在、ライフスタイルをコーディネートする工房、Southern Factoryを立ち上げ、オリジナルのハンドメイドキャンドルなど上質なライフスタイルグッズを手掛けられていらっしゃいます。
元々、『BRUTUS』や『GQ』などの雑誌や広告などでスタイリストとして活躍されてきたお二人は2010年に東京から宮崎へ移住。
ファッション業界で働く東京の日常から全く真逆とも言える地方の山村での生活への変化に当初は困惑されたことも多々あったそうですが、東日本大震災が起こった2011年以降、移住者も増え、まわりの状況は徐々に変わってきているそうです。
ハイセンスなお二人がチョイスされる感度の高い宮崎ライフは、正にこれからの時代のラグジュアリーを感じさせます。
今回のインタビューは小園さん宅の納屋で炭火のコンロを囲み採れたての海山の幸を炙りつつ揺らめく炭火を見つめながらのゆったりとした雰囲気でお話しを伺わせていただきました。
これを読めば、“これからの豊かさ”がつまった宮崎ライフの魅力がわかっていただけるはず!?

新たな故郷
心の原風景を呼び覚ます
宮崎の自然・伝統・食

東京でファッション業界に身を置かれてらっしゃって、環境的には全く真逆とも言える場所に移住されたわけですが、そのきっかけは何だったのでしょうか?




小園秀穂さん(以下、H)「僕らが宮崎に来たのは2010年、震災の前の年。

だから(震災に)直接影響を受けてるわけではないんですが、以前から少しづつ東京の生活に違和感のようなものを感じていて。」




東京の居心地が悪くなったというか?




H:「いや、心地良くなくなったわけではないんですが。」


小園寿美さん(以下、S)「私はアレルギーとか出て。体調が悪くなったり。ストレスで体を壊してしまいました。

だから、移住して何をするかってビジョンは何もなかったのですが、南の方でのんびり暮らしたいってのが漠然とあって。

実際に、移住先候補として沖縄やハワイに行ってみたりしました。」


H:「ハワイはビザの問題で現実的に無理かなと。沖縄も石垣に住みたくて物件を探してたんですが台風がすごいし。ここもあるんですが。たまたま地元が宮崎の友人に相談したら、ここを教えてくれて。移住するかわからないけど、とにかく休みにみんなで遊べる場所があれば、(移住が)もっと具体的になるかなという思いで、内見もせずに即決で決めました。

自分は生まれが宮崎で九州は地元だし。

両親が高齢ということも移住を決意するのに相当大きく影響してて。色々な事が重なりましたね。

それまでは本当にずっと東京にいるつもりでしたから。」

たけのこ


小園秀穂さん 寿美さん


S:「自分たちのことを新たに始めるのには良い機会かなっていうのがあったのかな。」


H:「新しいことを始める場所として東京は現実的でない気がして。

これくらい劇的に環境を変えないと多分ズルズルとスタイリストの仕事続けていたのだろうと思います。」


 


東京に比べてかなり田舎の場所に移り住んで、最初大変なこととかありませんでした?




S:「大変なことよりも、むしろ、すごい良かったです。ずっと東京以外の所に住んでみたかったんです。」


H:「田舎のない人ってなんかそういうのがあるみたいですよ。東京で生まれた人たちって僕たちが考えてもしないような田舎への羨ましさもあるっていいますね。」


S:「今、親が住んでる鹿児島よりの都城って所は夏になると六月灯って言うちょっとしたお祭りみたいなのがあって。」


H:「花火大会の小っちゃい版みたいなのがあるわけです。ほのぼのとした。」


S:「それを初めて見た時、心底感動しました。

島津藩のなごりで鹿児島の風習が結構残っていて、旧暦だと思うのですが、六月灯と言いながら七月にやるんです。

六月灯の灯は灯篭の灯なんですが、村々の神社を中心に花火を上げたり露店が出たり。

いわゆる収穫祭のようなものですね。その様子が、こじんまりとしてるのですが、とてもかわいい。夕方から、大人も子どもも浴衣を着て、おめかしして。

テレビで見たり原風景としてはあっても、実際に体験したことはなかったからとても新鮮で。

あと自然が豊か。まずは空気が良いっていうのと、食べ物が美味しいってのいうのはすごく大きい。

東京だったらオーガニックの野菜はセレブな感じになってしまいがちですが、宮崎は普通にあります。」

“田舎の暮らし”が
徐々に変わり始めた
3.11以降

H:「こっちに来た当初は、同じ感覚で話せる人が少なかったのですが、一緒に遊んでくれる人たちがちょっとずつ増えていきました。」


S:「そんな中で出会ったのが幸島ドライブインのビンちゃん(久志尚太郎さん。株式会社TABI LABO創業者。2011年当時、ソーシャルアントレプレナーとしてNPO法人Rainbow Treeを創業。幸島ドライブインの取り組みの中心的人物として活躍されていた)。」




宮崎県串間市市木にあった廃れたドライブインを再活用して人気になったカフェ(幸島ドライブインは地元の名産品を使用し開発した商品やメニューが人気になって、限界集落の活性化の好例として注目された)ですよね?




H:「そうです。そもそも市木という土地は昔から移住する人たちが多く、3.11以降はさらに増えていますね。

僕たちも市木の自然には大いに惹かれていましたが、誰かしら知ってる人がいないとコミュニティに入れず、ビンちゃんに色々な人を紹介してもらいました。」

宮崎の自然に
マッチする
天然由来のキャンドル

キャンドルはいつぐらいから作り始めたんですか?




S:「幸島ドライブインの手伝いを始める前に精油の勉強をしてアロマの資格を取りました。そこからソイワックスに巡り会いました」




ソイワックスっていうのは大豆のワックスですか?




S:「そう、大豆です。」


H:「燃焼時にススや煙が出にくかったり、環境に優しいワックスです。」


S:「最初は蜜蝋も良かったのですが、自分が動物性のものを辞めようって思ってから馬とかミツバチとかは使わなくなって、より植物系になってきました。」




こだわりのあるプロダクトということですね。そもそも、なぜキャンドルなんでしょうか?




S:「キャンドルの炎ってf/1の揺らぎって言う、不規則な自然の揺らぎなんです。小川のせせらぎや、そよ風や、波の音もそう。

そのリズムが宮崎にすごく合ってるんです。」

キャンドルを作る上でこだわっていることとかありますか?




S:「キャンドルの瓶を自分たちでカットするところからやっています。」


H:「その瓶は、宮崎の酒屋さんからわけていただいています。

それも同級生の知り合いが酒屋の会長さんで、その出会いもあって。空き瓶を利用させてもらえることになりました。」

TAGIRI HOTEL homeを
ディレクションする仕事も
人のつながりから

H:「友達がBIOワインのBARを始めて。店の内装とかディスプレイもやらせてもらいました。」




それはどちらで?




H:「宮崎市内にあるBIOバルというBIOワインを楽しむことができるBARです。

オーナー藤田伊織ちゃんも千葉に住んでいたんですが、3.11の翌日に宮崎に来て。さらに南下して市木に移住しました。その後、宮崎市内に店を出したんです。」




S:「すごい人気店です。そこで宮原氏(株式会社キャンバス代表取締役 宮原秀雄さん。今や宮崎の代名詞『AOSHIMA BEACH PARK』『THE BEACH BURGER HOUSE』の仕掛け人。『AOSHIMA BEACH VILLAGE』プロジェクトの総合プロデューサーも務める)や奥様の友紀さん(宮原友紀さん。クオリティの高いデザイン、コンテンツで人気のライフマガジン『CANVAS』編集長。フリーエディターでありウエディングプランナー。日本の新しいライフスタイルシーンをプロデュースするハイセンスなご夫妻。MeLikeのインタビューもご覧ください)と出会いました。宮崎で面白いことやってる人たちがだいたいそこに来ていて。お店が忙しいときはたまに手伝ったりしています(笑)。」




3.11を機にというわけではないですが同じ感覚の人が周りに増えてきたわけですね。

TAGIRI HOTELの菅間さんとはどのように知り合ったんですか?




H:「カンマくんはドライブインを手伝ってる頃から知ってはいたのですが、その時は車ですれちがう時に挨拶するくらいで繋がりはなかったんです。

彼も千葉から移住してきて、時間をかけて自分の家をDIYでリノベーションしながら一軒屋のB&Bをやってた時期でした。」


S:「それこそBIOバルのビオワイン会が市木で開催されて。

その場所が(今のTAGIRI HOTELの前身の)たぎり荘だったんです。まだ全然、古い民宿のままで。今、私たちのキャンドルを置いてるTAGIRI HOTEL homeの部屋がステージのある畳の宴会場だったんです。」


H:「そうそう。そこで会って。

全く畑違いのとこからきてるけどお互いに興味はあって。」


S:「彼はCAFE10というカフェもやっていまして。

そこで奥さんがビーガンスイーツを出していて、お店に通うようになり、徐々に一緒に遊びだしましたね。」

↑TAGIRI HOTEL homeの様子。

H:「カンマくんもサーファーだけど、サーファーの友達も増えて。

自分はサーフィンしないのに周りはサーファーばっかりだから宮崎は(笑)。

各々がきちんと哲学を持っていて、しかもそれを押し付ける感じじゃない素敵なサーファーに巡り会えてるのがいいのかな。」


S:「そんな一人が庄司くん(宮崎市にあるセレクトショップS&Y WORKSHOP店主の安田庄司さん。後日、庄司さんのMeLikeインタビューをアップ予定です)。彼もバリバリのサーファーで。S&Y WORKSHOPという素敵なお店を自宅の敷地内でやっています。」


H:「カンマくんも、庄司くんも世代は違うけど同じサーファーで志向するライフスタイルががっちりきたんだよね。」


S:「庄司くんは、私たちと世代も近いし奥さんはハイエンドファッションブランドのデザイナーなんです。

スタイリスト時代に、そのブランドの服は仕事で使っていましたから、知ってはいて。

宮崎で初めて会った時は、“え?なんでこんなとこにいるの?”から始まって、カンマ君より先にまずは庄司くんたちとの遭遇がありまして。」

出会うべき人に出会える
魅力が凝縮された
宮崎のイベント

庄司さんと奥様とは、どこで知り合ったんですか?




H:「宮崎オーガニックフェスティバルです。その後、青島サンデーマーケットを紹介してもらい、毎月最終日曜日に出店しています。」


S:「出店者は移住者がほとんどなのですが、有機野菜の生産が盛んな綾町から農家さんが出店したり、美味しくてセンスのいい飲食店やおしゃれな雑貨の物販とジャンルも様々で。芝生の上で、ちょっとハワイの空気感が漂うような素敵なイベントです。」

青島サンデーマーケット


青島サンデーマーケット


青島サンデーマーケット


マルシェみたいな?




H:「マルシェですね。

庄司君たちは、第一回目から出店してて。

興味があったからサンデーマーケットで顔合わせては、お互いにどんどん話をするようになって、友達になりました。

サンデーマーケットは、ちょっとした村みたいになっていますね。」


S:「出店してる人がみんな仲良くて、すごく楽しいですし。」




いつぐらいから始まったんですか?




S:「3、4年前、2012年ぐらいですかね。

イベントをオーガナイズしているのはジールというオーガニックレストランです。私たちが相当な影響を受けてるすごく素敵なお店です。

レストランであると同時にカルチャーの発信地でもあるし。

そこは東京にいる頃から耳にしていました。」


H:「それは昨日今日出来たような流行りの所じゃなくて、歴史がちゃんとあって。

ナチュラル志向の人が意思をもって始めた場所なんです。

でも、オーガニックだけど全然無理してないし、偏ってなくて、堅苦しくないし、すごく寛容な感じで。

みんなが集まっていろんなことができるスペースでもあって。」


S:「食に限らず、専門家の人を招いていろんなワークショップもやっています。」


 


(後日、MeLike編集担当、編集ひとりもサンデーマーケットを訪れました。美味しい食事や上質なアイテム群が並び、オーストラリア、バイロンベイのフリーマーケットを想起させるオシャレ感満載の空間でした。早朝からたくさんの人で賑わい、フラのショーやライブなども行われ、宮崎の雰囲気にマッチした、とても心地良いイベントでした。)


 

これからの豊かな暮らしは
自らが
作り出していくもの

(小園さんのお気に入りの世界のDIYで建てられた家の書籍『ホームワーク』のページをめくりながら、これからの住まい方についての話に…。)


小園秀穂さん


小園秀穂さん


H:「こうやって流木を拾ってきて家を作ったり、ものすごい愛がありますよね。」




DIYの極地ですよね。これで家になるんだって…!




H:「それで良いんだっていう。みんなそれぞれに好きなものはあるわけで、ひたすら岩を山に持って行って積んで、そこを家にする人だっているわけなんですよね。」




人間味あふれる感じがすごい!




H:「この本は東京で買って、その頃は面白いなぁとは思いつつ、DIYなんてありえないって思ってました。

宮崎に来て、改めてこういう本見てDIYに関して興味が出てきました。」




菅間さんのTAGIRI HOTELもほぼDIYなんですよね?




H:「彼らは千葉にいる時から実践してきたんですよね。」




既にこれからの豊かな暮らし方を模索されていてTAGIRI HOTELに至ったわけですよね。




H:「そういうのも見て、やる気さえあれば出来ると思うようになりました。

この納屋もやる気になって建てたわけです。

DIYもちょっと意識変えると難しいことではありません。

ここでお酒を飲めたら良いなって話ですから(笑)。

多分、そういうことだと思います。」




某インテリアメーカーも10万円ぐらいでセルフメイドで作れる簡易なタイニーハウスを発売し始めましたよね。




H:「タイニーハウスのブームもそうだけど、狭い所に住むのが大事なわけではなくて。

今まで要らない物がいっぱいあって大きい家に住まなければいけなかったのを、もう一回見つめ直して整理したら、もっとシンプルになるし、どうすれば快適かってことだと思います。

まだ出来てないから物が多いですが、ゆくゆくは本当に小さくてシンプルな平屋建ての家でいいなと思っています。

東京時代は、家を買うって気には全くなりませんでしたが。」




都会は家にかかるコストが高すぎますよね。家賃のために生きてく感じですもんね。

宮崎だと住まいもすごい自由。




H:「自分たちが出来るところでお金をかけずに労力は惜しまずにやればなにか楽しい暮らしができそうです。わかりませんけどね(笑)。」


 


 


 

小園秀穂さん 寿美さん


↑今回、小園さんご夫妻をご紹介くださった写真家、本間 寛さんが撮影された秀穂さんのお写真。本間さんに心から感謝です。 




あえて“これからの豊かな暮らしは?”とお聞きするまでもなく、たくさんの示唆とヒントをいただいたインタビューでした。

ローカルの魅力惹かれ集まった同じ思いの仲間と支え合いながら、自らの手で自らの生活を作り出していく心満たされた何気ない日々。そんな本当の意味で贅沢な暮らしが実現できるのも、ここ宮崎だからこそであり、ハイセンスなお二人だからこそ。

時代の最先端感の変化は東京ではなく宮崎のような場所で起こっているのを実感しました。

日本編の次回は、小園さんのインタビューにも登場されたS&Y WORKSHOPの安田庄司さんのインタビューをお届けいたします。


 

Profile

Southern Factory

小園秀穂さん 小園寿美さん

Southern Factory

小園秀穂さん 小園寿美さん

●小園秀穂さん(左)/1960年、宮崎県生まれ。

1980年よりファッション・ディレクター由田晃一氏のアシスタントを務める。

1987年、フリーランスとして独立。雑誌『BRUTUS』(マガジンハウス)のファッションページをレギュラーで担当。

1990年、スタイリスト事務所『L.I.D.』に参加。

1999年、フリーランスとして独立。

雑誌『GQ JAPAN』(コンデナスト・ジャパン)や『エスクァイア』(ハースト婦人画報社)や大手企業のCFなど数多くのスタイリングので活躍。

2010年、宮崎に移住。


 


●小園寿美さん(右)/東京都出身。

資生堂THE GINZAでアズディーンアライアを担当。

その後、ジョルジオアルマーニのバイヤーなどを経てスタイリストに。

雑誌『BRUTUS』(マガジンハウス)、『Oggi』(小学館)、『エスクァイア』(ハースト婦人画報社)や広告、CF、TVなどのスタイリングで活躍。

2010年に夫、秀穂氏と共に宮崎へ移住。