
Interview
豊かな生活は自ら造り出す
金融マンからワイン醸造栽培家への
180度の大転身【後編】
小山邦子さん(以下、Ku):「教育環境も気に入ってます。
ここ2年、娘は学校じゃなくてホームスクールで勉強しているんですよ。」
学校に通わず家でってことですか?
Ku:「そうです。なので家族で一緒に何かするという時間を多く持てたんですよね。家族旅行を修学旅行代わりにしてその旅の日記を娘が書いたりするなど、生活全般から学んでいますね。」
小山浩平さん(以下、Ko):「この辺は多いんですけど。ニュージーランドは通いの小学校に加えてホームスクールが学校の制度に組み込まれているんです。ミニストリー・オブ・エデュケーション、要は日本でいう文科省に、うちの子はホームスクーリングさせますっていう申請をするとその子はホームスクーリングの生徒として登録されるんです。
通いの学校に国から補助金がくるように、ホームスクーリングはうちの銀行口座に毎年いくらかお金が直接振り込まれるわけですよ、教育費の補助として。
大した額じゃないですけど、それでも年間7、8万円くらい。
だから国の制度としてあって、日本でいう不登校とは違うんですよね。
ただ、娘は、より広い学びの機会や友人関係を求めて、近い将来、通いの学校に行くことを考えています。」
ホームスクーリングは高校まではいけるんですか?
Ko:「義務教育が16歳までなので、高校1年生までいけます。」
娘さんは、こっちに来て変わりましたか?
Ko:「もともとってこともあるんですが、物事の好き嫌いや、自分のやりたいことが比較的はっきりしているのですが、それらを実現化させる力が強くなったと思います。
ホームスクールって家で机に向かって勉強するだけじゃなくて、本当に自分が好きなことに時間をかけられるんです。例えば、この辺に住んでる人は、ライフスタイルブロックと言って広い敷地に馬を飼っていたり、そこで農作物を栽培していたりしていて、そこで親の手伝いをすることも学びにつながります。
ライフスタイル自体が学びなわけです。
娘にはそれが普通かもしれないですけど私達には結構目からうろこです。」
↑ブドウ収穫の休憩時間。娘さんの萌歌さん。(浩平さんの友人が撮影。)
個性がより輝ける場所って感じですね。
Ku:「平日の真昼間にホームスクーラー用の集まりが頻繁にあります。
海で泳いだり、カヌーに乗るとかアクティビティがあったり。」
それは地域の行政が主催するんですか?
Ku:「いえ。ホームスクーラーの親達が企画するんです。自分の子どもが興味あることを一緒にやらない?みたいな感じで声を掛けあっています。
メールアドレスを登録するホームスクーリングリストで連絡しあって集まるんですね。
コーラスやタッチラグビーのゲームだったり、ワカアマというマオリのアウトリガーカヤックのレッスンだったり。娘が興味あるものを選んで参加してます。」
それは娘さん1人で行くんですか?
Ku:「子ども1人で参加しますが、私はどちらかというと一緒に体験をしたいので全部一緒に行ってます。」
楽しそうですね!
Ku:「そういういわゆるアカデミックじゃないところの学びっていうのは、この2年間でいっぱいできたかなと思っています。」
全然違うんですね、日本と。
Ko:「違いますね、教育は。偏差値とかもないからね。子ども達も自分が勉強できるかどうか比較する必要がないみたいです。」
全国模試とかないんですか?
Ko:「ないですね。高校1年生からNCEAと呼ばれる全国統一学力到達度試験が3年間毎年あるのですが、それも偏差値的な相対評価じゃなく絶対評価なわけです。
国が決めた評価値を超えてれば全員合格でも問題ないので。人と比べなくてもいいんです。
本当は当たり前のことだと思うのですが。」
ニュージーランドに来て東京にいた頃と比べて何か変わったことってありますか?
Ko:「家族で必ず朝ご飯、夜ご飯を食べるようになりましたね。」
今までは違ったんですか?
Ko:「日本にいた時は家で夜ご飯食べた記憶がありません。
でもみんなそうじゃないですか?」
僕も家では、ほとんど食べたことないかもですね(笑)。
Ko:「出勤は朝7時とか8時、帰宅は夜11時とか…。早くても9時とかでしたからね。
普通に9時で今日は帰りが早いねとか言われていました。
あとは早く寝るようになりました。朝方になりましたね。」
Ku:「あと何でも自分でやるってことにはまっています。」
DIYですか?
Ku:「そうです。これが結構、面白いです。例えば肉を食べるにも自分で育てたのをホームキルする。
町内でも普通に狩りに行って仕留めたWild Pigをボンネットに乗っけて走ってる車とかよく見かけます。」
Wild Pigって……?
Ku:「野ブタ。家畜化されていなくて、もっと黒い、見た目イノシシですよ。
狩猟の免許を持っている人も多いです。
撃って捕る人もいるし、ナイフ一本で山に入っていく人もいます。どうするの?って聞いたら豚の後ろから飛びかかるって。」
えーっ!?
Ku:「本当本当。野生っぷりがみんなすごいです。」
たくましいですね。
Ko:「日本で男性がやるような仕事を女性がやっているのもよく目にします。
男性はもうプロがやるような仕事を普通にしている。
船作っちゃうとか。家をなおすとか、そんな面白い話をよく聞きます。」
DIYのレベルが違いますね…。
Ko:「もちろん素人工事で結局プロにやってもらわなければならない場合もあるけれど、業者に頼むと高いし、まずはとりあえず自分でやってみようという意識なのだと思います。
向かいの家は山を削った土を焼いて固めてブロック塀から作ってますからね。
林業やってるおじさんが自分が切った木で家を建てたりとかね。
面白いですよね。」
Ku:「そんな環境にいるから影響は受けますね。」
お二人が考える、“豊かな暮らし”ってどんな感じですか?
Ku:「自分の置かれている環境や身の回りのもので幸せを感じられる暮らしですね。ものは最小限でよいです。」
Ko:「なるべく自分の周りから工業製品は減らしたいですね。長く使える手作りの良いものだけに囲まれていたいです。」
Ku:「顔の見える人から買うのもそうですね。野菜も近所から買いますし。」
Ko:「野菜もスーパーで買うのではなく地元の農家から買う。そうすると自分たちの住んでいる所でお金が回るから。
チェーン店で買うと結局地方にないチェーン店の本部にお金がいっちゃうじゃないですか。
だから、なるべく地元のお店をサポートしようとしています。
住人の地元のものをサポートするってスタンスがすごい強いですね。
この辺りだと物々交換だったり地域通貨というのがあって、貨幣経済じゃないところで日々の暮らしが成り立っていたりします。」
Ku:「育ててた作物が採れ過ぎたんだけど、何かと交換しない?とか。
娘がドイツ語をドイツ人から習ってるんですけど、月謝じゃなくてその分私がガーデニングを手伝うことでサービスの交換をしたり。」
Ko:「そういうところにも豊かさを感じますね。
ニュージーランドは、GDPに出てこない豊かさがあるんだと思います。
統計に出てこない経済取引ってすごく多いと思うんです。
アメリカのeBayや日本のヤフオクみたいにTrademeという中古品売買サイトがあって、大概のものはそこで買えるんですよね。」
Ku:「フェイスブックページでも写真を載せて売り買いする地元のトレードのページがあるのですが。トレード手数料もかからないですよ。」
Ko:「市が運営するリサイクルセンターもありまして、不用品を持っていくと回収費無料で引き取ってくれて、専門の人が分解して使えるもの使えないものに分けて値段つけて売るんですよ。そういう仕組みもあって粗大ゴミの回収というのはないんですよね。」
Ku:「生ゴミの回収もないよね。自分の家で肥料にするので。
コンポストに生ゴミを入れて生物が分解して土になったのを自分の庭の畑に返しています。」
Ko:「こないだウーフ(WWOOF。農作業の労働力の対価として食事・宿泊場所が提供される金銭を介さないシステム)に来ていた日本人の子がゴミ捨てないんですねってびっくりしてました。
庭にまいた生ゴミや刈った草が土になっていく話をしたら、こうすればいいんですねと感心していまいた(笑)。
土が肥えて、そこから野菜が作られますからね。」
都会に住んでる人はゴミは捨てるものって思ってますからね。
Ko:「捨てるものはあまりないですね。
ゴミの回収は毎週来るんですけど、うちはゴミ袋1個を1ヶ月に1回出すか出さないかくらいです。
もちろん缶やペットボトルに入った商品は買わないように努めてるのもあるんですけど。」
Ku:「買うときもマイバックや自分の容器を持参して、欲しい分だけ量り売りで買えるので包装のゴミはあまり出ないです。」
↑ブドウの収穫後に邦子さんのお手製のランチをみんなでワインと共に。とても楽しそう!
自ら意識的に行動することでストレスのない毎日の暮らしが実現されている感じですね。
Ko:「生活してて納得いかないことがあると住民は意見を伝えたり、新聞に投書したり、おかしいことに対しては、おかしいと声をあげる人が多いと思います。」
Ku:「そうだよね。我が家は、去年空き巣に入られて、娘の物がたくさん盗まれたんですよ。
自分が所属してるオーケストラの団体の活動資金のためにマーケットで一人で楽器を弾いてバスキング(客から投げ銭を集めること)して集めた大切なお金もでした。
それで早速、地元の新聞社に取り上げてもらって。
“空き巣入られて怒ってます!って。みんな気をつけて!”って記事が娘が怒ってる顔写真と一緒にフロントページに掲載されました。」
Ko:「結構、同じ手口の空き巣が多かった時期で、その記事を読んだ人が、これを足しにしてって義援金を持ってきてくれて、結局、被害額よりも多くのお金が集まりました。」
Ku:「多かった分のお金を娘は別のファンドレージング(民間非営利団体が、活動のための資金を個人、法人、政府などから集めること)してるところに募金しました。」
Ko:「コミュニティが結構温かいですよね。」
Ku:「そういう雰囲気があるから、よくホームシックとかないの?って聞かれるんですけど、あまり感じないですね。多分そういう理由からだと思います。」
Ko:「要は今の暮らしは、とても豊かで幸せですね。」
今後取り組んでいきたいこととかありますか?
Ko:「少しづつワインの品種を広げたりしてきたいですね。
独立してから今年で3年目。石の上にも3年じゃないですけど一回りした感があります。
良い年も悪い年もあり、色々なパターンに対して傾向と対策がわかってきたので。
来年から赤ワインも始めてみたりとか。赤ワイン用のぶどうを育てている仲間と出会えてコラボすることにしたんです。
そういった形で、これからはどんどんもっと色々と面白いことに取り組んでいきたいと思っています。
ただ急いで広げていくつもりはなくて、ぶどうの木って30年とか40年のスパンの話なので、ゆっくりゆっくり自然と向き合ってちゃんとやっていきたいですね。
ワイナリーを買って生産量を増やして…という思考にどうしてもいきがちなのですが、まずは今やっていることをしっかり続けていきたいと思っていますね。
もっと長いスパンで言うと、より自給自足的な暮らしを実現したいです(笑)。
自宅の裏に結構敷地があり、野菜を育てていて、もらって欲しいぐらいレタスとか採れる。果樹の木もあるし。
少しづつ農業全般的なこともやっていきたいです。
さらには、そういう面白い場所を日本にもつくれたらと思っているんです。」
↑ご自宅の裏庭の畑も拝見させていただきました。
逆輸入じゃないですけど?
Ko:「そうそう。日本も海外からのウーファーをより受け入れて良いかもしれませんね。
労働だけではなく、文化の交流など楽しいですよ。」
↑ブドウの収穫を手伝ってくれたコミュニティメンバーとウーファーの皆さんと記念撮影。
今、一番必要かもしれませんね。日本の地方に。
Ko:「若い力を必要としていますね。
この辺りのコミュニティでは大工さんとかレンガ職人とかスキルある若い人が集まって来て、ピザ釜を作ったり、小屋建てたり、フェンス直したり。
昔から住んでいる人たちはどんどん年取ってリタイアした人も多いんだけれど、その人たちが現場監督みたいな形で、うまく若い人たちを使って良いバランスで回っています。
農的暮らしをやりたい人っていっぱいいても、でもどこでどうやったら良いかわかんないでいたりしますよね。
そういった人材をうまく活用すると、地方の暮らしももっと楽しいものになるのではと思います。
地方の魅力をどうすれば伝えられるか。田舎の環境をどう魅力的に見せて、どう人を呼ぶか、ニュージーランドは上手ですよね。
国民400万人で1千万人観光客が来るわけだから、日本で例えるなら2億人観光客が来てる計算になりますよね。
お店も賑わうし、情報も入るし。
英語圏だっていうアドバンテージはあるんでしょうけど、日本はまだまだ色々できるはずです。」
是非、浩平さんがプロデュースする農園を日本に作って欲しいです!!
↑撮影/Oliver Weber氏
インタビュー後、浩平さんのご自宅にお招きいただき、邦子さんの手料理と共に『グリーンソングス』のワインをいただきました。
世界に愛される名品は、物質的にも気持ち的にも心地よい環境から生まれるんだと実感しました。
豊かな自然に囲まれながら、世界中から人が訪れ、最新の情報が集まり都会的なセンスも漂う…。浩平さんの暮らし方は、ある意味、都会的スタイルを超えた先進的な理想の豊かな生活のようで、とてもうらやましく感じました。
しかし、この豊かさは、金さえあれば何不自由なく欲しいものやサービスを手に入れることができる受け身の便利さとは異なり、生活者が自ら意識的に能動的に行動することによって生み出されるものなのだとも強く感じました。
ちなみに浩平さんの『グリーンソングス』のワインはこちらより購入することができます。→https://www.greensongswine.com/owners-club
美味しいワインに目が無い方は是非!
『グリーンソングス』ワイン栽培醸造家
小山浩平さん
『グリーンソングス』ワイン栽培醸造家
小山浩平さん
1976年生まれ、青森県出身。
東京大学を卒業後、東京、ロンドンを拠点に金融業界で活躍。
2011年、ワインの造り手になることを目指しニュージーランドに渡る。南半球最古の農業学校であり世界的研究機関でもあるLincoln大学のブドウ栽培・ワイン醸造学科に入学、日本人初の首席で卒業。その後Bell Hill Vineyard (NZ)、Greystone/Muddy Water (NZ)、DuMOL (カリフォルニア)等にて、ブドウ栽培・ワイン醸造業務を経験。
2014年にニュージーランド南島、ネルソンの郊外にあるパーマカルチャー・ビレッジAtamai Villageにてワイナリーをスタート。2017年に、ワイナリー名を『アタマイビレッジワインズ』から会社名『グリーンソングス』に統一。