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Interview

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鹿児島県、霧島『ö STORE』発
上質なファッションが
創り出す豊かな暮らし

フリーランスPR / ö STORE ディレクター
小森 愛さん

鹿児島県霧島市に2016年2月にオープンした話題のセレクトショップ『ö STORE』(オウ ストア)。
『ö STORE』の“ö”は、スウェーデン語で“島”という意味で、桜島や28もの離島に囲まれ、県名にも“島”が入る、“島”になじみの深い鹿児島にちなんで命名されたそうで、地元への愛を感じるネーミングです。
所在地の霧島市は、鹿児島のほぼ中央に位置し、薩摩地方と大隅地方、また宮崎県とを結ぶ交通の要所として古くから県内有数の都市として発展してきた場所であり、また豊かな自然と神話や伝説に彩られ、凛とした空気が漂う場所でもあります。
そんな場所ならではの気品と洗練されたスタイリッシュさとをまとった『ö STORE』は、既に鹿児島を代表するランドマーク的なお店として注目を集めています。
ディレクターを務めるのは小森愛さん。
小森さんは、フリーランスのプレスを務めるなどファッション業界で活躍し、Webサイト『ELLE ONLINE』でも人気ブロガーとしても有名な方。
お店のデザインにはもちろん、品揃えにも、小森さんのセンスと思いが込められています。
東京から鹿児島に拠点を移し、上質なファッション・ライフスタイルの提案に取り組む小森さんに、『ö STORE』のこと、移住のことについて、お話を伺ってまいりました。

クリエイターの才能が集結。
五感を刺激する
『ö STORE』の提案

スーパーや飲食チェーン店が並ぶ賑やかな国道から、天降川沿いの細い道へ曲がると、道沿いに緑地公園が続き、落ち着いた雰囲気の景色が広がります。 その風景を見下ろす、なだらかな丘陵地の一角に『ö STORE』はありました。aisan 9aisan 8aisan 1↑お店の目の前に広がる緑地公園。晴れた日の様子。取材当日はあいにくの雨でしたが、快晴の日は、窓からは遠くにそびえる霧島連山を臨むことができるそう。aisan 13“日常の中の非日常”のコンセプト通り、背筋がすっと伸びるような空気感の店内に相応しい上質でリラックス感のあるライフスタイルアイテムがラインアップされています。IMG_9037全て小森さんが愛情持って丁寧にセレクトしているのだとか。 まずはお店で扱われているアイテムのこだわりについてお聞きしました。「一言で言うと、自分が好きなものですね。今、とても素晴らしいファッションアイテムや雑貨がたくさんあるじゃないですか。その中でも、私は、デザイナーの意思が反映されているものや作り手の背景がちゃんと見えるもの、しっかりしたもの作りがされている品を厳選して扱うお店をやりたかったんですよね。全て自信を持ってお薦めできますし、一品一品にすごい愛があります。それを、お客さんに話すんですね(笑)。“このアイテムを扱えることが、とても嬉しいんです”って。それくらい自己満足の世界なんですけど。」

↑長崎県雲仙市小浜に在住の人陶芸家、玉銀喜(オク・ウンヒ) さんの作品。色彩豊かな作品からシンプルなものまで、幅広い作風で人気を集めています。

↑沖縄県読谷村に工房『ギャラリー日月』設立し、国内外にて企画展や個展を開催するなど精力的な活動を行っているガラス作家、おおやぶみよさんの作品。

ブランドについていくつかご紹介いただけたら。「たくさんあるんですけど、このラックに並んでるのがジョンリンクス。」aisan 2「デザイナーの林真理子さんは、元々『AGOSTO』のプレスの方で、その後、ブランドをスタートされました。彼女も鹿児島出身なんです。私が高校生の時には、真理子さんは、上京していて。仕事を通じて知り合うことができました。本当に愛がある方。芯がしっかりしてブレないし、お人柄もとってもチャーミングで素敵な女性です。彼女のブランドは、流行り廃りではなく、お互いに長く大事にし合っていけるショップで展開されていますが、お店を開くにあたって、どうしてもジョンリンクスが必要だなと。お店の構想を話し、しっかりご理解していただた上で、念願の取り扱いが決まりました。今日着てるのもジョンリンクスの初期のものです。アパレルにずっと携わってきて、色々なものを見てきた上で、30代半ばになった今、自分にとって心地良いもの、でもリラックスだけじゃなくて、エッジーなものやスパイシーなものも必要だし、というところから、こういう形に自然となりました。」aisan 12扱われているアイテムもですが、このロケーションもスペシャルですよね。「場所も入念に選びました。最適な所がなかなか無くて。郊外だから土地はあるんですけど、視界にスーパーの看板があったり。色々、足を運んで探して、たまたまここを見つけて。ここは畑の斜面で、今の通りに面した入り口は崖だったんです。なので、造成も土の掘削から始まる大仕事でした。」

ものをクリエイトしていく
素晴らしさを
改めて知った店作り

お店のデザインはランドスケーププロダクツさんに依頼されたんですよね?「代表の中原慎一郎さんとは、同郷の友人として、都内在住の時から仲良くさせていただいていたので、このプロジェクトの話が持ち上がった時に、絶対にお願いしたいと思っていました。鹿児島を熟知している彼らだからこその提案と、ディスカッションしながら、いい物を作り上げていくスタイルがとても素晴らしく、一緒に仕事をしていく上で、本当にいろんなことを学ばせていただきました。」お店作りで特に印象に残ったことは何ですか?「このベンチも、最初は、この場に相応しいものを探しておいてと言われて。」

「窓から景色が抜けて見えるし、きっとお客さんが座る場所だから、ここに既製品を入れるのは相当ハードルが高いなと思いました。既製品だけでなくヴィンテージのアイテムも必死になって探したのですが、イメージに合うものが全然見つからなくて。オープンの1ヶ月前ぐらいで、中原さんに相談したら、2,3日後に、『アイデアがある』と連絡があって、このベンチを作っていただきました。この表面はスペインのタイルが貼られていて、それだけだと鋭利に角張ってしまうので、ジョイント部分に日本のタイルが使用されています。日本のタイルとスペインのタイルを合わせるのは、なかなか大変な作業だったようですが、でも、そのおかげで、このベンチが統一された空間の中で効果的なアクセントになっています。」お店作りにもクリエイターさんの才能が集結してるんですね。「そうなんです。もともと、移動好きですぐ引越しするタイプなので家は賃貸派で、これまで家を建てたことがなくて、建築に対して全てが初めての経験で、とても勉強になりました、面白かったです。何も無いクリエイティブなところから想像して作り上げていく難しさと楽しさを体験できたことは自分にとって大きな収穫となったと思います。PRとしてもショップとしても、作り手の代弁者として、形あるものを人に伝えていくことが私の仕事ですが、一から作り上げていく事の素晴らしさを改めて感じました。」

“日常の非日常”
生活を彩る何かを
お客さんと共有できたら

服や雑貨などの商品だけでなく、お店全てがお客さんへの商品というか、サービスという感じですね?「どこに住んでいても、環境が大事だと思うんですよね。住んでる環境や自分が囲まれている環境で人間性はすごく変わってくるじゃないですか。特に幼少期に受けた影響は大きかったり。私自身、両親ともに無類の洋服好きで、小さい頃からファッションが身近にある環境で育ちました。都会に憧れて、ファッションもそうだし、音楽やカルチャーを自分の足で探して、ショップに通ったりしました。それが今につながっています。だから、いろんな世界を見て五感を刺激することが人間性を育てていくことにつながると思っています。」

↑一色紗英さんが手掛けるブランドarchiの服。

「ファッションとは自由そして自己を表現できるツール。日常の生活に基づいたファッションも大事ですが、少し緊張感を持った洋服を着ることも大切。私は、特に人に何か影響を与えるような人間では全くもってないんですけど、今までになかったようなこういう場所を、ここに作ることによって、来てくださる方々に少なからず面白い刺激になればと思っているんです。そして、お店のコンセプトにもあるんですが、こちらから一方的に発信するのではなくて、お客さんと共有していきたいという思いがありまして。ここの空間だったり、来ていただく時間だったり、気持ちだったり、お客様と一緒に色んなものを共有したいですね。」

東京から鹿児島への
移住を
決意した理由

愛さんは東京でもご活躍されてるわけですが、拠点を鹿児島へ移された理由は何なのでしょう?「元々、父親の会社が鹿児島でミセスの婦人服のセレクトショップをいくつか運営していまして。10年ぐらい前から、郊外のロケーションの良い場所に、ゆったりと買い物が楽しめるセレクトショップを作りたいという構想を相談されていたんです。初めて聞いたのは、まだ20代の頃で、その時は、地元に帰るなんてまったく考えもしなかった。そんな中、2006年か2008年頃ですかね?雑誌の『暮しの手帖』で鹿児島特集をしてたんですよ。まだ今みたいにメディアにフューチャーされてない頃で、中原さんがナビゲーターをされていて、面白いお店が『暮しの手帖』の感じでまとめられてたんですね。帰省のタイミングで、夫と一緒にそれをガイドブック代わりに観光して、改めて鹿児島の魅力を知りました。その後、中原さんと、東京でのイベントでお会いする機会があって、そこから親しくさせていただいて。中原さんきっかけで、色んな仲間たちが鹿児島を盛り上げてることを知って、地方でも、こんなに面白いことがきるんだ、自分も挑戦できるかなって思うようになりました。そこから鹿児島で何かを生み出していく基盤を作る自信を持てたことが大きいですね。」

東京での生活への愛着はなかったんでしょうか?「子どもを産んで、年月が経って、色んな気持ちの変化が自分の中で生まれて。東京で仕事をすることに全く問題は無かったんですけれど、30代になって、恐らく移住をされる方は皆さんそうかと思うのですが、東京を離れてもなんとかなるんじゃないかなと思い始めました。友人もいるし仕事もあるし、楽しい時間を過ごせる場所ではありますが、地方だからこそこのプロジェクトが出来るのではないかと思い移住を決意しました。幸い空港に使い場所に住んでいるので、東京と行き来する生活がスムーズにできることも一つの決め手となっています。」移住当初、周りのお友達の反応はいかがでしたか?「もちろん驚かれ、自分をよく知る友人一同から“無理だと思うよ”と心配されました(笑)。今はむしろ羨ましがられまれることもあり、移住の相談など受けるようにもなりましたけど。」鹿児島へ戻って、東京とのギャップを感じることはありましたか?「まず、友人ですよね。何かを共有できる人が近くにいないのはこんなにつらいのかと思いました。引っ越したばかりで周りに友達もいなく、最初は“ちょっとここでの生活はダメかも”ってと気弱に。でも、だんだん同じ感覚を共有できる人が増えてくるにつて、どこでも生きていけるなと思うようになりました。それは、移住して気づかされましたね。」同じ感覚を共有できる友達はどんな方なんですか?「一人は、地元の素敵なセレクトショップのスタッフチーム。品揃えが素晴らしく、実は、高校生のときから通っていて、上京後も帰省の際には立ち寄っていたショップだったのですが。友達のブランドも、そのセレクトショップで展開されていて、私が鹿児島に戻る事を話してくれていたみたいなんです。近所に住んでいるという事もあって、とっても仲良くさせていただいています。彼らもバイヤーさんなので東京も行き来するし、友人のブランドを扱ってることもあって共通の知り合いがすごく多かったんですね。鹿児島にいて東京にいる時と同じ感覚の人たちがいるっていうのが自分の中ですごく大きくて。」

東京では
決して得られない
鹿児島の魅力

鹿児島に戻って来て、東京と比べて感じる鹿児島の魅力って何ですか?「時間がすごくゆっくりなんですよね。どこの地方もそうだと思うんですけど、すべてがスローなので、出張から戻ってくると強制的にオフさせられる。そうしないと人間って、なかなか休まることができないと感じました。もちろん頻繁に行き来している生活なので、時間に余裕がないこともありますが、空港に着いた瞬間に感じる湿度と空気に毎回ホッとさせられます。それから土地のものに感じる安心感。匂いとか、風土とか、耳に入ってくる鹿児島弁のイントネーションだったりとか、食べ物とか。地のものって、本当に素晴らしいと思います。何が突出しているかと聞かれると上手く表現できないんですけど、やっぱり独特というか。それは東京から帰ってこないと気づかなかった部分ですね。あと、グリーン。豊かな自然ですね。子供達も鹿児島の豊かな自然に魅了されています。特に霧島神宮辺りが好きで、温泉を目当てによく行きます。関東の少し丸みを帯びた木の種類とは異なって、鹿児島の木々は細長くシュっとそびえ立っているんです。とても雄大な姿に毎回見惚れてしまいます。特に信仰心があるわけでは無いですけれど、神様の存在を感じるくらい空気が一掃される。水も綺麗で、私にとって心から癒される場所です。こういう場所が身近にあるというのは本当の贅沢だなと。大きな財産ですよね。」数値化できるもではないし、目には見えないけど、生活する上で本当に重要なことですね?「でも、ずっと住んでたら当たり前になって、おそらくこの恵まれている環境に気づかなかったと思うんです。霧島や隣の姶良(あいら)市は有機農法が盛んな場所で、東京の3分の1の値段でオーガニックの野菜が販売されています。帰ってきて驚いたのが、お昼時にコンビニの惣菜コーナーの陳列棚が空っぽだったこと。飲食店が少ないのもあるかもしれませんが、こんなに畜産と農業が盛んな地域だという事を、住んでいる人々がもっともっと気づいて、それが日常になればより素晴らしい場所になると思っています。」この洋服たちに合う素敵な飲食店とかもできるといいですね。「いずれそうできたらいいなと思って、ここをドアにしました。敷地が広いので、将来的には渡り廊下で繋がる別棟で、お客様が集えるコミュニティーの場を提供できたらいいなと考えています。すごく先の夢ではありますが。」aisan 10未来へのドアですね。鹿児島のお客さんのファッションカルチャーを醸造して、夢が実現できたらいいですね。「鹿児島はモノづくりをしている人たちがたくさんいて、それを目指して県外からいろんな人が入ってくるし、おもしろいイベントも開催されているので、地方都市としては、興味を抱いてもらえる場所だと思います。実際に移住してから東京や海外からも友人たちが遊びにきてくれるようになったり。それに続いて鹿児島のファッションももっとおもしろくなればいいなと思っています。」

これからの豊かな暮らしに
大切なのは
“愛とポリシー”

愛さんの考える、“これからの豊かな暮ら”とは?「子育てしながら鹿児島と東京を毎月行き来できる生活は、支えてくれる家族の協力あってこそで、素晴らしい環境に恵まれています。なので、せっかくならば、追及できるところまで、やってみたい!まずはこのお店が自分の子どもみたいに可愛いので、色んな人に知ってもらいたいというのが一つあります。それから、鹿児島を拠点に、このスタイルからさらに、自分がより広い範囲で色んな場所を見聞きできるような体制を作っていきたいと思っています。まだまだ自分の知らないことばかりなので、いつでも学びの場に身を置いていたいと感じているので。鹿児島にいることもあり、離島を巡りたいと思っています。せっかく戻って来たのに、お店の事で忙しく、あまりスローライフ的な暮らしを送れてなかったので。与論島は今一番行きたい場所。海外だとベルリンに。娘たちはロンドン、パリに行きたいって言ってるんですけど。20代の時にすごく影響を受けたのがドイツ、ベルリンのファッションや音楽、カルチャーだったんですよね。今年、37歳になり、お店を出せたこともあり、一つのターニングポイントを感じていて、30代のうちに行ってみたいなと思ってます。」そういった理想を実現していく上で、愛さんが一番大切にしてることって何ですか?「愛とポリシーですよね。自分の軸があればどこにいても、何をしていても、すごいハッピーだと思うんですよ。自ずと見えてくるものがありますし。そして、もっと視野を広く、心を広くってスタンスでいきたいですね。ここまで行きつくのにも時間を要しましたが、鹿児島に移住したことで、大きく気づかされました。」

上質で豊かなライフスタイルを提案する方は、ご自身が、まずその実践者である。 凛とした物腰で語る愛さんのお話をお聞きしていて、そう思いました。 これからも、愛さんが発信するファッション・ライフスタイル提案が、『ö STORE』に集う女性たちの意識を高め、暮らしを豊かにイノベートしていくに違いません。 壮大な夢を実現し、『ö STORE』の未来へつながる扉が開かれれる日も、そう遠くはなさそうです。

Profile

フリーランスPR / ö STORE ディレクター

小森 愛さん

フリーランスPR / ö STORE ディレクター

小森 愛さん

鹿児島県生まれ。東京コレクションブランドを扱う会社で国内外多数のレディースブランドのPR、セールスに携わった後、フリーランスのPRとして活躍。2015年、東京から鹿児島へ拠点を移し、2016年2月に、念願のセレクトショップ『ö STORE』を鹿児島県霧島市にオープン。素晴らしいロケーションの中で、ランドスケープと空間のギャップを感じられる“日常の中の非日常”をコンセプトに、ブランドの世界観を最大限に魅せるショップ作りを目指す。