Quest for quality life through traveling around the world.

Interview

30

全国の注目を集める地方Webメディア
『沖縄タイムス+プラス』から始まる
ソーシャルイノベーション

沖縄タイムス デジタル局デジタル部
與那覇里子さん

優秀なウェブジャーナリズムの栄誉を称える「ジャーナリズム・イノベーション・アワード2016」(主催/日本ジャーナリスト教育センター)で最優秀賞を受賞したコンテンツとして話題となった『沖縄戦デジタルアーカイブ』(首都大学東京渡邉英徳研究室、沖縄タイムス社、GIS沖縄研究室共同制作)。
このWebサイトは戦後70年を迎えた2015年に“沖縄戦を決して風化させてはならない”という研究者や記者の強い思いから制作されたもの。
『MeLike』が探求する“これからの豊かな暮らし”を語る上で、まず世の中が平和であることは最低限の条件。
ということで、デジタルを駆使し、戦争の記憶を次の世代に伝えようとするこの取り組みには、とても興味を惹かれたのですが。
制作に携わった沖縄タイムスの與那覇さんが、まだ30代の若い女性であるということにも興味を掻き立てられました。
サイト制作に至る経緯、そこに込められた思い、與那覇さんにお話を伺ってまいりました。
yonaha 10

沖縄戦の体験を
次世代に伝えるのは
あたりまえの任務

「いただいた取材の依頼書に、私のことが“戦争を知らない若い世代の…”と書かれてあったのですが、それにはちょっと違和感を感じまして…。」

 

 


と語る與那覇さん。

平和教育が行われていない関東圏に育った人間からすると、“若い世代は戦争に対する意識が低い”という先入観を持ちがち。

しかし、それは、沖縄では決してそうではない…!?

 

 


「確かに私は戦争体験者ではありません。


しかし、小さい頃から“戦争体験”は身近なものでした。


おじい、おばあに沖縄戦の話を聞かされてきましたし、遠足では戦跡を訪れました。


沖縄での戦闘が終了した6月23日の慰霊の日の前後には、戦争の映画やアニメが放送されていたと思います。


私が生まれた団地は、現在の那覇新都心が見渡せたのですが、元々、米軍基地の場所でした。


そこが全部更地になって、街が発展していく様子も見て育ってきています。


身内に沖縄戦で亡くなった人はいないのですが、戦争を知ることが当たり前の環境で育ったので、記者になって、こういった企画に取り組むのは当然のことと思っていました。」

 

 


沖縄戦は、記者として発信していきたいものとして常にあるということですか。

 

 


「そうですね。


沖縄で、新聞記者になって必ず学ばなければいけないのは、沖縄戦と基地問題だと思っていまして。


沖縄タイムスでは、現在『語れども 語れども うまんちゅの戦争体験』という連載企画が毎週掲載されるなど、先輩方の素晴らしい伝統が今も受け継がれています。


戦争体験者の方がお亡くなりになられている昨今、私なりにどうやって次の世代につなげていけるかと考えたのが『沖縄戦デジタルアーカイブ』です。」

↑『沖縄戦デジタルアーカイブ』のサイト画面。

戦争体験者の
足跡をたどった
生きた命の証

沖縄戦デジタルアーカイブの企画はどのように製作されていったのですか?

 

 


「実は前段階的なものがありまして。


私がデジタル部に異動してくる前、社会部に所属していた時に、取材でGIS沖縄研究室の渡邊康志先生にお会いしました。


GIS(Geographic Information System。地理情報システム。位置や空間に関する様々な情報を、コンピュータで分析、解析して、視覚的に表示させるシステム)の話を聞いたらすごく面白くて。


しかも、先生はこの技術を使って、沖縄戦開戦から月ごとに追って、具志頭村の戦没者を地図に落としこんでいました。


具志頭村は、沖縄の南、現在の八重瀬町がある場所で。


激戦地で多くの方が亡くなったのですが、取材をすると今まであまり調査がされず、“空白の沖縄戦”と呼ばれ、状況が明らかになっていないことが分かったんです。


戦没者の方々がいつ、どこで亡くなったのかを時系列に落とし込んだ地図を紹介しながら、当時を分析した記事をまとめようと思ったのですが、かなりの紙幅を使わないといけないボリュームになってしまって、結局、紙面に掲載できなかったんですね。」


yonaha 11


「その後、Webを担当するデジタル部に異動になって、Webが紙幅にとらわれないツールであることに気づいて、あの時かなわなかった記事を紹介したいと思ったんです。


印象的な写真であったり、体験者の方にインタビューをして動画も組み込んで戦後69年にあたる2014年に、“具志頭(ぐしちゃん)村「空白の沖縄戦」69年目の夏、戦没者の足跡をたどる ”というWebコンテンツとしてまとめました。


この具志頭の取り組みで、2015年のジャーナリズム・イノベーション・アワードでデータジャーナリズム特別賞という賞を頂きました。」

「その時に最優秀賞に輝いたのが、首都大学東京の渡邉英徳研究室の作品だったんです。


渡邉英徳先生は、『東日本大震災アーカイブ』や『ヒロシマ・アーカイブ』などを手掛けた方で、この機会を逃す手はないと、是非、一緒に何か作りたいとお話をして。


それが、2015年の1月でした。


その1ヶ月後には、沖縄で打ち合わせをして。


具志頭の記事をベースに沖縄戦を扱ったアーカイブを作ろうということになり。


何のデータを追加できるか、どう見せることができるかを検討していって。


広島や長崎と圧倒的に違うのは、沖縄戦が長期間にわたる地上戦だったこと。


この3ヶ月間、戦争体験者の方々が移動した軌跡を可視化していったら、今までの資料などではわからなかった事実が見えてくるんじゃないかということになって。


紙面との連動も、かなり意識して作りました。


具志頭の時は、デジタルの部署だけでガッと作ったものだったのですが、沖縄戦アーカイブは今までの新聞記事の蓄積も活用して。


現場の記者には一度取材した方に、再取材をお願いして。


3ヶ月にわたる軌跡なのでインタビュー取材時のテキストだけではわからないことがあって。


全員に白地図をわたして、当時の動きを教えていただいて。


大変だったのは当時の字名が今の地名が違うので、“きっとおばあちゃんたちが言ってる字はここの辺りじゃないか”と言うのを聞き取りしながら判断したりして。


興味深いなと思ったのは、北に逃げた人、南に逃げた人が交差する場所が必ずあったりして。


それはテキストだけ並べていてもわからないことで。


“戦争体験者”や“戦没者”ってひとくくりではなく、一人一人の匿名性を超えることが出来たかなという気はします。


死者を語るって匿名性が強いじゃないですか。


でもクリックすると、亡くなられた方が何歳で、どこでって明らかになる。

これで個人の人生と、歴史がやっとつながるんじゃないかなと。


ここにちゃんと生きていた人がいて、命があったっていうのは伝えたかったんですよね。」

 

 

サイトの反響はいかがですか?

 

 

「予想以上に見てくれる方が多くて。


県外からのアクセスが多かったです。


それから、中学校でこのコンテンツを使って授業もしてもらえたんです。


iPadを子どもたちにわたして。


そうすると、彼らは直感的に自分の住んでる場所をピンポイントに拡大して、“この辺りで人が死んでる”とか、“ここ爆撃で焼け野原になっている”とか勝手に没頭してくれるんですね。


そうやって自分事として感じてくれていて。


沖縄も今、学校の先生方がどうやって沖縄戦を継承する授業をしたらいいのか悩まれているのですが。


子どもたちの姿を見ていたら、どうにか沖縄戦の歴史を伝えるコンテンツのひとつとして機能を果たせたんじゃないかと思いました。」

ギャルに憧れて
上京した
大学時代

沖縄タイムスに入社される前は、上京し首都圏の大学に通われていたんですよね。東京での就職は考えなかったのですか?

 

 

「東京で就職したいと思っていましたし、大学院に行きたいと思っていました。


教育学部で数学を専攻していたのですけれど。


大学時代、ギャルにはまっていまして。」

 

 

ギャル?

 

 

「高校生の頃からギャルが好きで。


当時、雑誌の『egg』や『Popteen』や『東京ストリートニュース』を読みあさってまして。


渋谷に行ける圏内の国立大学を考えていました。」

 

 

言葉悪いかもしれませんが、ミーハーな大学生みたいですね?

 

 

「そうですね(笑)。


渋谷へのパスポートを手に入れるために勉強しているという感覚でした。」

 

 

モデルさんは誰が好きだったんですか?

 

 

「一番はまっていたのは押切もえさんですね。


スーパー高校生で出ていて。


それからキムタクの大ファンでしたので。


お二人共、千葉の出身ということもありまして。


念願叶って千葉大に入学できました。」

 

 

すごいミーハーな理由ですね(笑)。

「入ったのはよかったのですが、学校の授業にあまり興味を持てず、悩んでいた時に、私のギャル好きを知る友人が、理解してくれそうな先生がいると紹介してくれたのが私のゼミの教授でして。


新谷周平先生という方で、今はお亡くなりになってしまったのですが、私のギャル論を面白がってくれて。


ギャルの切ないところがとても興味深かったんですね。


街では群れて過ごすけれど、地元に帰ったら一人。


寄り添いながら暮らすギャルの生き方に心触れるものがあって。


フィールドワークをしながら論文を書いて。


先生と共著という形で、“弱くなる「ギャル」 : 「強めの鎧」と「がんばる」という適応”というタイトルで、『若者文化をどうみるか? : 日本社会の具体的変動の中に若者文化を定位する 』(広田照幸編著)という本の中に掲載されました。」

 

 

でも就職は地元、沖縄に?

 

 

「教育実習の時に、たまたま人員を募集してたので受けたのですが、

沖縄タイムスが就活した中で一番面接が楽しい会社だったんですね。」

yonaha8


「ギャルの話をすごく一生懸命聞いてくれたんです。


ギャル記者になれたらいいなと思いますって話していたらありがたいことに採用してくれて。


入社当初はイベントの仕事を志望しました。


ギャルのイベントをやりたいと思っていたので(笑)。


ギャルは社会的な見え方があまり良くないので、高感度を上げるというか、新聞社が主催すればちょっとはイメージが変わるのではないかと。


その希望は叶いませんでしたが。


私からすると、ギャルの子たちに刺さるもの、絶対、世間一般に広がるものだと思うんですよ。


若い人たちみんなが新聞を読んでいるかといったら、そうとは限らないじゃないですか。


でも、必ずスマホは持っている。


スマホを見ながら“沖縄って昔こんなことがあった”とか話せるような何かコミュニケーションツールの1つになればいいなと思います。


長い文章を読んでもらえなくても、“あ、こんな歴史があったんだ”とか、Web上で見て知ってもらえたら。」

自分の未来を決める
選挙の大切さを
メディアで伝える

現在は、どんなことに取り組まれているんですか?

 

 

「『マニフェストスイッチ沖縄 未来はあなたが決める』というサイトがありまして。


2016年7月の参議院議員選挙に向けて、立候補者が政治家を志した理由や政策を分かりやすく紹介しています。


選挙区で立候補している3人は、好きな食べ物や座右の銘まで細かく。なかなか知る機会は少ないですから。


6月にあった沖縄県議選でも取り組みました。


それぞれの地域にどんな課題があるかということと、“誰”を選んだら“どうなる”かとか、“行かなかったらどうなるのか”とか、ちゃんと具体的に分かるようになっていると思います。」

↑『マニフェストスイッチ沖縄 未来はあなたが決める』のサイト画面。

「沖縄が日本に復帰したのが1972年で、“国政選挙に行ける世の中”は、おじいちゃん、おばあちゃんたちにとってずっと願っていたことなんですね。


アメリカに占領されてて国政への選挙権がなかったから。


当時の投票所の写真を見ると、いい着物を着て正装してるんですね。


子どもにおんぶされて、わざわざ投票に行くおばあちゃんもいましたし。


選挙は、お祭りだったと思います。


そういう歴史も踏まえ、きちんと今に伝えて、18歳の選挙権につなげたいと思っています。


18歳の人にも見てもらうために、抽象的なワードは刺さらないと思うので、ちゃんと一つのストーリーを持たせることを意識して作りました。」

ソーシャルデザインが
新聞記者の
これからの仕事

「個人的に最近思うのは、記者は記者だけじゃなく、デザイナー的な仕事になるのかなと思いますね。


子どもの貧困とか色々なテーマがありますけど、記事を書くだけじゃなくて、解決するために何ができるのかってところまでデザインしないと、なかなか社会のイノベーションってのは起こりにくいんじゃないかなと。


コンサルやデザイナーの人たちが突然やってきて、じゃあ僕達の会社が続きをやりますよって言うんじゃなくて。


記者はインサイトだったり、情報を持って取材に行ってるじゃないですか。


まだ顕在化してない世間のニーズを読み取って、編集して、何かを生み出せたらもっと世の中にとって大きな力になるものが作りだせるんじゃないかと思ってます。


社会解決のデザインまでするのが、今後の記者の仕事になるのかなとすごく感じてます。


沖縄戦デジタルアーカイブを作ってすごくそう思いました。」

異文化に興味を持ち
共有し楽しむことができるのが
豊かな世界

與那覇さんの思う“これからの豊かさ”って何ですか?

 

 

「隣の人が話してることをみんながもっと楽しめたらいいなと思います。


私はヤンキーとかギャルを特別だと思っていないし(好きなのである意味特別な文化ですが)、むしろ知れば知るほど彼女たちは実はこんな面白いことを考えてるんだなとか感心する。


もっと自分と違うジャンルの他の人の話を面白がって聞けたら、みんな楽しく生きていけるんじゃないかなと思いますね。


イギリスの文化社会学者ポール・ウィリスが1977年に書いた『ハマータウンの野郎ども』という本があって。


ブルーカラーの少年達が学校の規範に反抗し、いかにして自分の信じる将来(ブルーカラーの世界)の道を確固たるものにしていくかという内容で、前半フィールドワークで、後半が分析。


“20世紀のもっとも壮大な教育研究のひとつ”と評されているものなのですが。


彼らの当たり前の日常が、社会とどうつながって、どんな歴史があって、どういう生き方へつながっているのかってことが書かれている。」

「彼らがもっと違う視点を持ったら、彼らの生き方も変わるんじゃないかという考察で。


私の実体験に例えると、ギャルの子たちと話すと、結構自分の周りの人の言葉だったり、語りを信じてるんですね。


今日何かのニュースがあったとしても、ニュースよりも周りの身近な人、先輩が話した話を信じてる。


でも、本当はもう一歩先に違った世界があることを知って、自分で情報を取りに行けば、思考がもっと変わって、生き方の幅はもっと広くなっていくのに。あまりにも情報源が少なすぎる。


その分析が書かれているのがこの本かなと。


文化って、その文化を選んだら生き方が変わっていくと思うんです。


隣の文化の人の話を面白がって聞くってことが、豊かに暮らすことかなと思います。」


yonahasan 1


風化する戦争の記憶を次の世代に伝える取り組みも、選挙への関心を高める取り組みも、その根本には、何にもとらわれず多様性を認め、社会のイノベーションを興していこうとする與那覇さんの発想があるようです。

新聞というプラットフォームを活かしつつ、メディアの枠にとらわれず、Webの技術を駆使し、次々に新しい企画を打ち出す與那覇さん。

今後、與那覇さんが手掛ける『沖縄タイムス+プラス』のサイトから目が離せません!

Profile

沖縄タイムス デジタル局デジタル部

與那覇里子さん

沖縄タイムス デジタル局デジタル部

與那覇里子さん

沖縄県出身。2007年、沖縄タイムス社入社。社会部を経て、デジタル部に配属。2016年3月には、担当したWebコンテンツ『沖縄戦デジタルアーカイブ』(首都大学東京渡邉英徳研究室、沖縄タイムス社、GIS沖縄研究室共同制作)が「ジャーナリズム・イノベーション・アワード2016」最優秀賞を受賞。

Satoko Yonaha's
FAVORITE TIPS

BOOK

『ワーク・シフト』
リンダ・グラットン著

働くことについての考え方を変えた本。これを読んで、遅かったなと思いながらデジタル局への異動を希望しました(笑)。

主人公が子どもに新聞記者になるのを勧めないんですよね。

新聞にもクリエイティブな発想が求められているなと思います。

もっとクリエイティブにならないと、この時代は生きていけないなと思いますね。

BOOK

「サンクチュアリ」
史村翔原作・池上遼一作画

漫画をほとんど読まない私が唯一、何度も繰り返し読みました。

日本を変えるために主人公2人が、裏社会と表社会でそれぞれ活躍する物語です。

政治の権力と闇の権力、55年体制、派閥争いなど、時代の移り変わりや心模様を学べましたし、目的は同じなのに、選んだ道や文化が変わればこうも手段が違うのかと考えさせられました。

若者のほうがおもしろがる内容かもしれません。