Quest for quality life through traveling around the world.

Interview

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“今、大切なもの”を最優先 Tokyoストリートファッションの第一線から 沖縄へ

ビーズインターナショナル/UNDEFEATED沖縄店オーナー
照屋健太郎さん・和佳子さん

照屋さんは、XLARGE®、X-girl、SILASなどの人気ストリートファッションブランドを扱うビーズインターナショナルのPRやコラボ企画の発案担当、またユニークなセレクトショップX-Closetを手掛けていた人物。
ミュージシャン、スタイリスト、フォトグラファーなど国内外の多くのアーティストさんとコラボを展開し、東京のストリートファッションシーンをリードしてきました。
2015年に奥様、和佳子さんとのご懐妊を機に沖縄にUターン移住。
現在、ビーズインターナショナルのお仕事を継続しつつ、スニーカーショップUNDEFEATEDの沖縄店オーナーも務め、沖縄と東京、日本全国を股にかけ、以前にも増してご活躍されていらっしゃいます。
そんな照屋さんですが、沖縄に帰ることを決意した当時、最初のうちはスーパーのレジ打ちでも、何でも、どんな仕事に就いてのスタートでもいいと思っていたとのこと。
次世代ファッションリーダーが思い描く、これから先の未来の“豊かな暮らし”、お聞きしてきました。

大切なのは時間。
何とかなる!と思って
沖縄へ帰郷

照屋さんの沖縄へのUターン移住のお話は、以前から耳にして気になってました。
Tokyoストリートファッションの最先端を担い大活躍している方の突然の沖縄移住はとても意外で。
実状を知りたく、是非お会いしたいと思っていました。

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↑X-Closetのアイコン的なイラスト。真ん中が照屋さん。

アポイントが取れないままでいたのですが、これが沖縄コミニティの素晴らしいところ。
沖縄の人気アパレルショップPlant&Soilでのイベントをきっかけに、人づてに、自然とお会いすることができたのです。
人のつながりの確実さを感じる場所、沖縄!
取材当日は、恩納海浜公園ナビービーチの海開きということで、奥様の和佳子さん、娘さんの日夕佳ちゃんと一緒にビーチでのインタビューとなりました。

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東京のストリートファッションシーンの第一線で活躍されていた照屋さんが、なぜ沖縄に帰ることに?
 
 
照屋健太郎さん(以下、K)「20代の頃から仲間と飲みの席とかで、“子どもが生まれたら沖縄で育てたい”ってよく話してたんですよね。

和佳ちゃんにも、無意識に言ってたらしく。

結婚して子どもができた時に、彼女から、子どもが生まれたら沖縄に帰りたいって言ってたでしょって言われて。

想像以上に僕が言ってたことを真剣に受け止めてくれてたんだと思って。

具体的に移住の準備をし始めたのが2014年の末くらいから。

単身、沖縄に帰って、ゼロから仕事を見つけるなんて絶対できなかったと思うんですけど。

結婚をして子どもができて、3人だったら絶対なんとかなるって根拠のない自信がわいて。

東京でやりたいこと、アパレルでやりたいことは全部やり切ったと思っていて、未練がなかったんです。

自分のお店もやらせてもらえたし、会いたい人にほとんど会えたし、東京を拠点に行きたい場所にもたくさん行けたし。

だから会社も辞めるつもりで、沖縄に帰って子育てをしますって宣言したんですけれど。

結果的には契約社員として在籍させていただくことになりました。

僕の仕事は、アーティストとのコラボを担当することが多いんですけれど、それを遠隔で沖縄から手伝って展示会のタイミングだけ上京することになりました。」




 
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↑那覇の浮島通り沿いにあるUNDEFEATED沖縄店。
 
 
スニーカーショップUNDEFEATEDのお仕事もその一環なんですか?
 
 
K:「UNDEFEATEDの日本の社長さん(かずさん)には、僕たちの結婚式の来賓挨拶をしていただいたぐらい、ずっと親しくさせていただいていて。
沖縄ってバスケットボール人気を背景としたバスケットシューズの文化が根付いているし、米軍基地があって外国人が多いし、観光客も多いからスニーカーのマーケットとしてありかも的な話を移住する前からしていて。
僕が帰郷した2ヶ月後に沖縄店のオーナーの話をくださいました。
今から考えると、ビーズの契約社員の話と、UNDEFEATEDのオーナーの話がなかったら、生活がだいぶ困難になっていたと思います。
本当に危なかったです(笑)。」

 

各界の人間がしのぎを削る
東京で過ごした時間は
何にも変え難い貴重な財産

ビーズインターナショナルの東京でのお仕事と、世界的なスニーカーショップのお仕事に携われて、とっても贅沢ですよね?
 
 
K:「それには、とても感謝しています。

ビーズの仕事は、年間で8回メンズとレディースの展示会で東京に行けるということもあって、東京のカルチャーに触れていることができます。

東京がすごいなと思うのは、一流の人がたくさん集まってるってこと。

僕が多くの方に出会えて、今、離れた場所にいても色々なジャンルの方々とつながっていられるのは東京という場所にいたからこそ。

毎日、ファッショナブルなパーティとかクリエイティブなことに触れられるチャンスがすごくあるんですよね。

沖縄と比べて、ファッション、アート、音楽…、各シーンの本物の出来事が日々、起こってるというか。

みんな切磋琢磨している環境があって。SNSで東京の友達の近況を見ていると、書いてる文章とか、熱量っていうのが東京で頑張ってないと生まれないてこない鬼気迫るものがあるんですよね。

移住に後悔はないんですが、自分はその第一線を退いてしまった寂しい気持ちも正直あります。

でも、そこで頑張っていた自負もあり、そこでつながった人たちは今の自分にとって財産だと感謝しています。」

↑照屋さんと共にX-Closetを作り上げたキーパーソン、フォトグラファー新田桂一さん(左)とスタイリスト小倉正裕さん(右)と。2016年4月に開催されたYves Saint Laurent Beautéのパーティにて。

必要なものだけ得られる
情報量が少ないことが
沖縄のメリット

K:「沖縄に来て良かったなと思うのは、自分に入ってくる情報量が少なくなったということ。

沖縄に来て、逆に必要な情報だけが入ってくるようになりました。

帰って来るのに最も不安だったのが今までキャッチしていた情報が入って来ないのではないかということでした。

仕事柄、ファッションを中心に感度高くアンテナを張ってないといけないので。

会える人も限られるし、情報不足に陥るのが不安だったのですけど。

SNSもあって友達ともつながっているし、業界関係なく、興味をもってくださる方が沖縄まで来てくれたり。

人と人のつながりでちゃんと情報が入ってきて、逆に無駄な情報が入ってこない感じがすごい快適な環境になりました。

東京は、良くも悪くも、今の僕にとっては、情報がありすぎたんだなあと思いました。

今は自分に入ってくる全体の情報量をより減らしながら、精度の高い情報のみを得られる環境作りに努力しています。

また、沖縄に来てからは、会いたい人とちゃんと時間を作って会えるようになったことがメリットでした。

元々、仲が良かったけど、沖縄に移住してから初めて一緒に食事をしてゆっくり時間を過ごして語らえた東京の友達もたくさんいます。

東京に行った時も、時間が限られているからこそ、会いたい人と意識的に会うようにするので、移住後のほうが、会う時間が増えたねってお互い笑って言ってます。」

周りの友達は沖縄の生活に関してどういう反応をされますか?
 
 
照屋和佳子さん(以下、W):「私の友達には羨ましがられます。

SNSの写真で、海があって大自然があって、特に子育てに関しては最適な場所で。

それこそ、みんなが旅行に行きたい場所だし。沖縄生活、楽しそうだねってすごく言われます。」
 
 
和佳子さんは東京生まれ東京育ちとお聞きしましたが、地方に行くことに抵抗はなかったのでしょうか?
 
 
W:「沖縄に来てちょうど1年経つのですが、移住して新しい環境に慣れるということと同時に、母親になるという自分自身の状況の変化にも対応しなければいけなくて、生き方を模索する時期でしたね。

赤ちゃんがいて、自由に動けなくて、慣れ親しんだ東京とは全然違う環境に不便に感じることも多かったんですけど、徐々に慣れてきて。

今は沖縄に来て良かったと思っています。

子どもも成長して自由に動けるようになって、子育てを考えたら沖縄は確実にいいし、今みたいに子どもとのびのび生活するのは東京では難しいだろうなと思います。」
 
 
和佳子さんも、もともとアパレルのお仕事をやられていたんですよね?
 
 
W:「元々、SLYで販売員をしていたんですよ。」

K:「僕がX-Closetをやるってなった時に、SLYの販売のかけもちしながら両方で働いてくれてて。」
 
 
ファッション業界の人は服にお金をかけるのが当たり前という印象があるのですが、収入が下がるかもしれない地方の生活に対してはどう思いました。
 
 
W:「今は前ほど洋服に欲がなくなってきて。

どこかのブランドとか、今の流行りはSNSを見て情報が入ってきますが、だからと言って今年の流行アイテムを絶対に着たいとかはなくて。

20代前半は流行りを全部着こなしたくて、頻繁に買い物をしてました。

毎日、いろんな靴を履きたい、バッグも変えたいという生活から、徐々に自分のお気に入りのスタイルができてきて。

定番を永く愛用するようになって、シーズンごとに、トレンドを押さえた1枚、気持ちが上がるモノがあれば欲しい程度で。

2,3年前に買ったアイテムもずっと着てるし。

トレンチコートとか毎年買い換えるのが当たり前だったのが、アウターもお気に入りの1枚を長年着るつもりでいます。

雑誌に載っているこれが欲しいというのもないですし、そもそも雑誌は見なくなりました。」
 
 
今、気に入ってるブランドとかありますか?
 
 
W:「ないんですよ。

自分の中で一番濃いブランドだったので、今でもSLYはチェックしてます。

でも、沖縄に店舗がないので。それもあるかもしれないですね。

もしお店があったら毎月行ってるかもしれない(笑)。

沖縄に来て、それも良かったところかもしれないですね。」
 
 
沖縄に来て、お金をかけるようになったことや、気にかけるようになったことは何ですか?
 
 
W:「洋服とかには一切使わなくなったんですけど、食ですね。

ナチュラルフードやオーガニックの野菜。

自分の身になる物、食べる物にはお金をかけるようになったと思いますね。

近所にファーマーズマーケットがあって、そこで買うことが多くなりました。

島野菜とか、無農薬野菜を意識的に食べるようになって。」
 
 
東京にいた時より気にするようになりました?
 
 
W:「東京にいた時も気にはしていたんですが、沖縄に来てからさらにですね。沖縄の野菜は安くて、鮮度が全然違うんです。

色合いや味も良くて。初めてファーマーズマーケットに行った時は感動しました。」

K:「この前は、ネットで調べて、みやぎ農園という大きい養鶏場に行って、採れたての卵や、そこで作ってるマヨネーズを買いに行ったり。」

W:「そこは養鶏場と農園もやってるので、野菜も事務所で売っているんです。

今からスーパーに卸す分だけどわけてあげるよって、そこで買えたりして。」

K:「すごいんですよ、ニワトリ小屋が全然臭くないんですよ。

ニワトリとかも実際触らせてもらったんですけど、綺麗なんですよ。

餌の菌から全部調整してるって言ってましたね。

だからフンも臭くないんですよね。」

W:「園長さんが、園内を案内してくれたんですけど、私たちみたいに食に興味を持つ若い人たちが増えてきているって言ってました。」
 
 
興味の分野が変わってきたんですかね?
 
 
W:「本当にそうですね。」

K:「変わってきてますね。」

地元沖縄の感覚と
東京の感覚
両方を活かした活動をしたい

照屋さんが沖縄でこれからやりたいことはなんですか?
 
 
K:「とにかく楽しいと思うことをやりたいですね。

日本と世界を回りながら、沖縄県や行政とも一緒に動けるような仕事ができたらと。

今、夏だけですけどコロナフェスというイベントを手伝っていて。」

K:「コロナビールのイベントを手掛けている会社の人たちと仲が良くて。

沖縄に帰ってきた直後、沖縄でコロナビールの音楽フェスを開催する相談を受けました。

東京で、仕事柄、長年、数々の様々なパーティを経験しているので、VIPルームでゲストをどうもてなせば喜んでもらえるかとか、どうすれば盛り上がるかとか感覚的に分かるのと、その一方で、沖縄の人たちは、どういうことをすれば楽しんでくれるか、集まってくれるか、どんな場所が最適かも分かる。

その両方の感覚を活かしながら、コロナフェスを作っています。

僕は、沖縄でのPRと当日VIPルームに招待するゲストのアテンドを担当していて、東京にいる色々なジャンルの発信力のある友達を沖縄に呼んで楽しんでもらってインフルエンサーとして情報発信をしてもらう。

色んな役回りがある中、僕は沖縄と東京、人をつなぐ役割りを担うというか、そういう仕事をしています。」
 
 
沖縄の地域活性化にもつながりますね。
 
 
:「特に僕はファッションや音楽、アートに関わる仕事をしているので、それらを融合して沖縄で何か面白いことができたらいいなと思っています。」

面白い人は
東京だけじゃない!
沖縄で注目している人

K:「沖縄に戻って思ったのが、当たり前だけど、面白い人って東京だけじゃないなって。」
 
 
照屋さんが沖縄で注目してる“面白い人”ってのは、どんな方なんですか?
 
 
K:「僕が髪を切ってもらってる美容師さんは、沖縄出身で、僕と同じように県外の女性と結婚して東京から沖縄に移住してきてて。

子どもも、うちの子と4ヶ月違いで。南城市という自然が豊かな場所で、古民家を買って自分たちで全部リノベーションして、美容室兼、MARINXっていうダイビングショップをやってるんです。

電気やガスの配線まで内装を全部DIYしていて。

僕よりも若くてまだ30歳ぐらいなんですけど。

やられたっていうか、こう言うライフスタイルもあるんだって、とても刺激になっている存在です。

あと、沖縄の焼き物“やちむん”を作っている方で面白い作家さんがたくさんいらっしゃって。」

W:「読谷村の北窯の與那原さん、工房十鶴さん、南城市の宮城陶器さんは仲良くさせていただいています。」

K:「やちむん市って言うのが開かれるんですけど、いろんな工房さんが集まって直接販売するんですが、午前10時オープンでも朝8時くらいから長蛇の列ができて、開始15分で人気の工房さんは完売してしまったり。

その工房さんのスタイルとか生活を見ていると面白いですね。

十鶴さんや宮城さんはご夫婦でやられていて、お子さんもいらっしゃって。

自然が豊かな場所に工房を構えて、販売スペースもあって。

そこに東京の人がわざわざ買いに来るんですよ。

食関係だと、ピザ屋のバカールさんとか、北谷のタイムレスチョコレートさんとか。

宜野湾マリーナで定期的に開催されているFOOD FLEAっていう食の野外イベントがあるんですが、いつも大賑わいで、バカールさんは、そのイベントのメイン的な存在で。

バカールさんの手掛けるケータリングバス、THE SCARPETTERSは、いつも行列です。」

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K:「FOOD FLEAのようなイベントは、ひとつの沖縄の未来の形だと思ってます。

タイムレスチョコレートさんもそうですが、今、沖縄の“食”は、すごく面白い。

食の共有の仕方や、世の中への打ち出し方が沖縄独特で楽しいです。」

家族、仲間、
大切な人との時間が
一番大事

最後にお二人が考える、“これからの豊かな暮らし”とは。
 
 
W:「彼がずっと言ってるのは、お金よりも時間が大切って。そういう人なんですよ。

お金がどんなにあっても必ずしも裕福ではないと思っていて。

欲しい物が買えることより、家族といる時間があることの方が重要で。

この子に可愛い洋服が着せられるかどうかでなく、3人でいる時間がどれだけあるかっていうのが、この子にとっても私たちにとっても幸せだと思うし。」

K:「家族との時間を持てることが豊かだって思いますね。

沖縄に帰ろうと思ったのは、子どものこともあるんですけど、両親のこともあって。

たまに沖縄に帰省した時に、自分の両親がこんなに喜ぶんだってくらいに嬉しそうで。

だったら両親の近くに一緒に住むのが幸せなのかなと。

両親の近くで、僕ら3人の家族が一緒にいるっていうのが単純に幸せだなと。」

W:「彼はご両親をとっても大切にするので。

だから私たちが楽しかったことは、すぐに両親にも経験させてあげたいって思っているんです。

楽しいを分かち合いたい、幸せを一緒に感じたいっていう気持ちが強い人だから、両親に対してもすごくそうで。

同じ空間で共に過ごすこと、思い出を共有することで幸せが1つづつ増えていくって思うし。そういう価値観でいられることがが豊かなのかな。

東京に住んでいたら、離れて暮らさなきゃいけないし、絶対に共働きしないと生活は難しいし。

共働きをするってことは赤ちゃんをどこかに預けないといけないわけだし、そうしたら子どもといる時間も減るわけだし。

そう考えたら、今みたいな生活ができることは、東京では当たり前ではないから、沖縄に来て良かったなってとても思いますね。

もし、自分1人で東京にいたら、東京から出ることはなかったと思います。

生まれ育ったままの感覚だったら絶対なかったと思います。

結婚して子どもができて、自分が何のために時間を使うのか、何のためにお金を使うのかの考え方がこれまでとは全く変わったので。

結婚しないで1人だったら、会いたい時に友達にも会えるし、最先端の場所や人に会える環境で過ごしたいと思っていたと思うんですけど。

沖縄で暮らすという選択に至って、今は、おじいやおばあに囲まれる生活の幸せを知ったというか。

本当い欲しいものも、沖縄に来て、生活してみて、ようやく分かってきたし。」

K:「自由な時間がたくさんあって、情報や持ち物は極力少なくて、自然がいっぱいある。そんな生活が理想ですね。」
 
 
今、理想的な生活をしているってことですね。
 
 
KW:「はい。」

W:「家とかとっても物が少ないですよ。

小さい子がいる家には思えないって言われるくらい。」

K:「もっと生活を断捨離してもいいと思っているんですよ。

もっと何も無い場所でシンプルに暮らしていけるような。」

W:「東京の友達からは、UNDEFEATEDがオープンするから沖縄に帰ってんでしょ?ってすごく言われるんですよ。

本当に最初は何にもない状態で来たっていうのを、みんな知らないから。」

K:「東京では、あんなにパーティとか派手な感じでやっていたけど、今は、こんなことを考えて生活してるって知ったら驚かれるかもしれませんね(笑)。」

ついつい“お金があれば~できる”と思ってしまい、お金を真っ先に考えがちですが、そうすると、自分にとって一番大事なものを見失ってしまう。
家族や大切な人との時間を最優先すれば、お金でしか手に入らないと思っていたものが、人とのつながりで手に入り、理想を実現できる。
照屋さんはそんな生き方を実践しているようです。
東京の最先端を走ってきた照屋さんだからこそ、その言葉には説得力があります。
沖縄から照屋さんご夫婦が発信していく次世代のスタイリッシュライフスタイルから目が離せません。
Profile

ビーズインターナショナル/UNDEFEATED沖縄店オーナー

照屋健太郎さん・和佳子さん

ビーズインターナショナル/UNDEFEATED沖縄店オーナー

照屋健太郎さん・和佳子さん

健太郎さん(左)/沖縄県生まれ。2001年、ビーズインターナショナル入社。2012年、原宿キャットストリートにオープンしたX-Closetの立ち上げ中心人物としてディレクションを担当。2015年より沖縄へUターン移住。XLARGE®やX-girlのコラボ企画の立案担当。 那覇市 浮島通りのスニーカーショップUNDEFEATED沖縄店のオーナーも務める。
instagram: @teruya1223

和佳子さん(右)/東京生まれ。モデル・女優として活躍しながらSLY販売員を経て、X-Closetの店長を務める。結婚、出産を経て沖縄に移住。子育てにいそしみながら新たなライフスタイルを提案中。
Blog: http://girlsf.jp/icon/teruya_wakako
instagram: @wakacham_